1841話 無邪気な剣客
「悪いけれど、この船を止めることはできないよ。そもそも、ボクにこの船をどうにかする権限はないしね」
まるで挨拶でも告げるかの如く飄々と告げられたのは、まごう事無き敵対の意志だった。
けれど、侵略の足を止めないと宣って尚、ユウキが腰の剣を抜き放つ事も、殺気や敵意を纏う事もなかった。
ただ淡々と目の前に在る、自ら刃を交えんとする好戦的な意思はない、けれど侵略する船の足を止めることはできないという、事実だけを述べている。
ユウキの態度は何よりも如実にそれを物語っていて。
「話にならんな。フリーディア。もう良いだろう? まさか、この期に及んで戦わないなどと腑抜けたことは言うまいな?」
「……えぇ。残念だけれど、私の思い違いだったみたい。この場で無為な戦いを避ける事が出来れば……ひいてはこの無意味な戦争自体を止められるかもしれない……。そう思ったのに」
「そういう訳だ。話は茶でも酌み交わしながらではなく、白刃を交えながらといこうか」
だが、この巨大戦艦が進めば進むほど不利になっていくテミス達に撤退の選択肢は無く、皮肉気な微笑みを浮かべたテミスが一歩前へと進み出ると、フリーディアは道を譲るかのように傍らへ避けた。
「別に、お茶くらいなら出せるよ? ……って、言っても、もう話も聞いてくれなさそうだねぇ」
「当然だ。フリーディア。勇者の相手は私がする。お前とユナリアスは取り巻きを抑えろ」
「了解」
一機に殺気を滾らせたテミスに、ユウキは苦笑いを浮かべながらも腰の剣を抜き放つと、姿勢を低く落として構えを取る。
その様子を見据えながら、テミスが静かな口調で指示を出すと、短く答えたフリーディアは剣を抜き、その切っ先をユウキの仲間たちへピタリと向けた。
「……まぁいっか。ねぇ、戦うのならせめて、始める前に名前くらい教えてくれない?」
爆発的に高まった緊張感の中。
じりじりと隙を伺いながら意識を研ぎ澄ませるテミスへ向けて、ユウキは小首を傾げて朗らかに問いかける。
そこに込められていたのは、剣士としての礼儀や武人としての誇りではなく、まるでこれから手合わせでも行うかのような気軽さで。
故にこそテミスは、ニンマリと皮肉気に頬を歪めると、答えの代わりに構えていた大剣を振り下ろした。
「――っ!!? わぁっ……!! はっや……!!」
「…………」
ヒャウンッ!! と。
大剣にはあるまじき甲高い音を響かせながら宙を走ったテミスの斬撃は、ユウキを頭から真っ二つに両断する軌跡を描いていた。
しかし、ユウキは自然な身体捌きでスルリと斬撃を横に躱すと、轟然と自らの真横を駆け抜けていったテミスの斬撃に驚きの声を上げる。
「正直、遊び半分のふざけた奴に名乗る気は無かったが……」
「っ……!!」
「ハハッ!! きちんとできるじゃないか……そういう顔もッ……!!」
直後。
大剣を振り抜いた後のテミスの隙に合わせ、ユウキは大きく前へと踏み込むと、テミスの喉や胸、首などの急所を目がけて乱れ突きを放つ。
その瞳には、爛々と滾る闘志の光が燃え上がっており、鋭く突き出された剣閃には十二分な殺気が乗っていた。
だが、テミスは高笑いをしながらユウキの放った突きを尽く弾き落とすと、大きく後ろへ跳び退って大剣を肩へと担ぎ直す。
妄言ばかりを垂れ流している糞餓鬼ならば戦う価値もない。
だが、本気で叩き斬るつもりで放った一撃を躱し、あまつさえそこへ反撃までも加えてくる剣の腕前。
そんなものを見せられれば、ただ下らない敵として処理するのではなく、きちんと戦ってみようという気も湧いてくる訳で。
「黒銀騎団のテミスだ。私の経験上、勇者を名乗る奴に碌な連中は居なくてな。下らん喧嘩を仕掛けてきたヴェネルティの連中共々、キッチリとここで叩き潰させて貰うぞ!!」
テミスはユウキの問いに答えて高らかな声で名乗りを上げ、大剣を床と水平に寝かせて構えを取った。
戦うのならば、まずは小手調べだ。
見たところ得物は比較的細めの片手剣のようだが、いかんせん剣筋を読み切るには手数が少なすぎる。
だからこそ。テミスは中段を薙ぐ一撃にも、そのまま突撃して突きを放つ奇襲にも、翻って刀身を盾のように用いる防御にも転ずる事が出来るこの構えを選んだのだ。
「テミス……テミスさんね。オーケー。強そうだから、はじめから本気で行くよ!!」
「ッ……!!」
そんなテミスを前に、ユウキは噛み締めるように名乗りを上げたテミスの名を呟いた後、威勢の良い叫びと共に高々と剣を掲げた。
瞬間。
振りかざされたユウキの剣の刀身が微かに青い光を帯び、テミスが警戒に身を固めた直後……。
ユウキの身体は一切の緊張を感じさせる事無く、まるで弾かれたかのように鋭く動き出すと、一筋の斬撃がテミスへ向けて放たれたのだった。




