1836話 一矢龍星
全力で追い縋るしかない。
敵の巨大戦艦を前に、テミスは固く歯を食いしばりながらそう判断を下した。
まだ、敵の狙いが完全に読めた訳ではない。
ともすれば、パラディウム砦襲撃部隊との合流を果たしてから、十全の戦力を以てテミス達を叩く腹積もりだという可能性も無くはない。
けれどその場合、テミス達の背後には彼等自身の町があり、彼等は自分達が敵を追い詰めれば追い詰めるほど、自身の守るべき町を無為な危険に晒す事になる。
尤も、フリーディアが乗艦している以上、いくら窮地に追い込まれた所で、敵地の民間人を戦いに巻き込む戦略など、取れる訳も無いのだが。
「ロロニア。追え!! 全力でだ!! 絶対に振り切られるな!!」
「ッ……! 了解ッ!!」
「コルカ!! 喜べ!! お望みのデカブツが登場だ!! 好きなだけ、ありったけをぶち込んでやれ!!」
「いやいやデカすぎますって!! ……やれるだけはやりますけれどォッ!!」
鋭く命じたテミスの声に応じて、船は再びうなりをあげて巨大戦艦の傍らに並び、僅かな距離を置いて並走を始める。
続けて、テミスは待機命令を出していたコルカ達に砲撃命令を発し、ながら今更動き出した巨大戦艦の意図に考えを巡らせた。
希望的観測はあれど、現実的に考えてこれ程の防御力を持つ艦艇を有しているのならば、しばらく耐え抜いてから挟撃すれば話は済む。
なにせ、テミス達は単艦なのだ。
いくらコルカ達やサキュド達といった強力な戦力を有していたとしても、引き連れてきたパラディウム砦襲撃艦隊を、真正面から相手をすれば苦戦は必定。
加えて背後を件の巨大戦艦に取られたとすれば、一心不乱に前方の襲撃艦隊を食い破り、這う這うの体で逃げ出す他に道は無い。
なればこそ。幾度となく考えた所で、たとえテミス達に自分達の町が焼かれようとも、自分達もロンヴァルディアの町を……フォローダを蹂躙する。
幾度となく考えた所で、それ以上に策と思しき案を思い付く事ができず、テミスは忌々し気に舌打ちを零した。
追い詰め過ぎたか……?
そんな自らへの疑心が胸中を過るも、テミスは即座に首を振ってそれを否定する。
これからも続くであろう戦いを考えれば、敵軍港の破壊は必須事項だ。
ならば、今の状況こそ最善手が故の正着点。どちらにしても、いつかは沈めなければならん敵なのだ。それが遅いか早いかという違いしかない。
「魔力充填ッ!! 総員斉射ッ!! 龍星炎弾ッ!! ――ッてェェッ!!」
テミスが深慮を巡らせている傍らで、深々と杖を下段に構えて魔力を練り上げたコルカが号令を発し、旗下の魔法使いと共に煌々と燃え盛る巨大な火球を一斉に放った。
轟々と燃え盛る熱風が一陣の風となって吹き寄せた直後、放たれた龍星炎弾は一瞬の静寂を挟んで次々に巨大戦艦へと着弾し、凄まじい爆炎をあげる。
その爆発の衝撃は、少なからず距離のある筈のテミス達の元までもビリビリと届き、ぐらりと大きく傾いだ巨大な船体が威力の凄まじさを声高に物語っていた。
「へ……へへっ……!! どぉだ!! 沈めるまではいかなくても、ドデカイ穴……くらいは……」
「…………」
「こんな……」
「なっ……」
一気に消耗した魔力に、コルカはガツンと音を打ち鳴らして杖を甲板に打ち付けながら体を支えるも、自信に満ちた微笑みを浮かべて爆炎に包まれた敵船体を見上げる。
だが、吹き付ける風によって瞬く間に払われた爆炎の中から姿を現したのは、龍星炎弾の熱で溶けて大きく歪んだ装甲と、周囲にこびり付いた大量の煤だけで。
コルカ達の魔法を以てしても、極厚の装甲を貫く事はできなかった。
「なんだよありゃあ!! 頭のおかしいぶ厚さだ!! 本当に船なのかよ!? コイツはぁッ!!」
「だが、無傷という訳ではないし、一撃でかなり装甲も薄くなったはず……! あの傷を狙い続ければ……!!」
「ば……馬鹿言うな!! 龍星炎弾を連発なんざしちまったらすぐに魔力が干上がっちまう!!」
荒々しく文句を垂れながらも、敵の健在を確認したコルカは即座に甲板へ杖を打ち立てたまま構え、再び魔力を練り上げ始める。
それに倣い、コルカ旗下の者達もまた、表情に消耗を滲ませながらも、第二射を放つべく構えを取った。
「龍星炎弾は撃ててもあと一、二発だッ! もしもこれで抜けなかったら……!!」
「構わん。傷をつけた個所に火力を集中しろ。余力は考えるな。全力を振り絞れ」
杖の先から練り上げた魔力を迸らせながらコルカがそう叫びをあげると、テミスはその背を押すかのように鋭い声で命を下したのだった。




