1832話 浮かぶ要塞
同時刻。
ヴェルン軍港内へと侵入を果たしたサキュドたちは、破竹の勢いで軍港の制圧を進めていた。
出撃準備中だった残存艦艇の大半も掌握し、地上に残った抵抗戦力もほとんどが沈黙。
敵軍は指令部と目されるひと際大きな建物へ逃げ込み、戦いは籠城戦へと移行しつつあった。
「……こんなところかしらね。このまま指令部ごとヤっちゃっても良いけれど、コルカ達にも楽しみを残しておいてあげないと」
優雅さすら漂わせた微笑みを浮かべたサキュドは、軍港を見下ろしながら呟くと、今もなお戦い続けている配下たちに集結の命令を下す。
あの程度の建物一つ、サキュドが本気を出せば両断するのは容易い。
けれど、今回テミスから下された命令は、殲滅ではない。加えて傍らにはあの喧しいフリーディアが控えている事を考えると、敵とはいえど立てこもった建物ごと瓦礫へと変えてしまえば、面倒な事になるのは間違い無いだろう。
「口うるさいのはコルカに任せましょ。さ、テミス様に報告……んん?」
サキュドはパンパンと軽く手を叩いて、自らの元へ集った配下たちをまとめると、船で報告を待っているテミスへ制圧完了の報を飛ばそうとした。
だがふと、サキュドは視界の端に覚えた違和感に手を止めると、クルリと空中で体勢を変えて軍港の一角を注視する。
「ねぇ。あれは何? というかあそこ、あんな形をしていたかしら?」
「……? わかりません。突入時は敵の船に意識を向けていましたので……」
「私もです。ですが確かに妙に思えます。あれは敵の司令部ですよね? なぜわざわざ水の上に建物を……」
サキュドが指し示した一角、それはまさしく敵が逃げ込んだ司令部と思しき建物だった。
だが、城塞を思わせる巨大で堅牢な建物は、まるで軍港の内に浮かんでいるかのように湾内へとせり出しており、異様な雰囲気を醸し出している。
しかも、一目見ただけで鋼鉄製だと判るその建物は、サキュド達ですら攻め込むのが面倒だと言わざるを得ない程の武装と装甲を備えており、到底水の上に浮かぶとは思えなかった。
「サキュド様。私の気のせいでしょうか? アレ……動いている気がするんですけれど……」
「馬鹿ね。建物が動く訳ないでしょ……う……。…………。幻惑魔法にでもかかったかしら?」
「っ……! ここは人間領。現実です! それに、アレは確かに動いていますッ……!!」
「まさか……!! 嘘でしょう? あれが船だとでもいうの? だって――」
「――サキュド様ッ!!!」
空中に留まったまま、突如として滑るように動き出した巨大な建物……否、戦艦に、サキュド達が困惑した時だった。
微かな駆動音を響かせて鎌首をもたげた砲塔が轟音を響かせ、撃ち出された巨大な弾がサキュド達を正確に狙う。
しかし、攻撃の直前にサキュドの部下が発した警告が功を奏し、サキュド達はまるで霧を散らすかの如く即座に散会すると、すんでの所で放たれた砲弾を躱した。
「っ……!! まだやるつもりだっていうのね!! 良いわ!! 相手してあげる!! 全員、アタシに続きなさい!!」
「ハッ……!!!」
自らの傍らを掠めた砲撃に、サキュドは煌々と輝く紅の槍を現出させると、凶悪な笑みを浮かべて叫びをあげる。
同時に、サキュドは凄まじい速度で上空へと飛び上がると、巨大戦艦に襲撃を仕掛けるべく、大きく弧を描いて降下を始めた。
それに応じて、散会していたサキュドの配下たちも隊列を組み、サキュドと共に巨大戦艦へと突撃を敢行する。
だが……。
「ッ……!? なにっ……!?」
バヂィンッ!! と。
突如として正面から飛来した何かに即応し、降下中のサキュドが半ば反射的に紅槍で空を薙ぐと、弾けるような音と共にビリビリと重たい衝撃がその手に走る。
だが、その衝撃に驚いている暇など無く、サキュド達の眼前に針山の如く並んだ小さな砲塔が次々に火を噴くと、細かな砲弾が雨霰の如く空中のサキュド達を襲った。
「なっ……くぅっ……!!? 弾幕ッ……!? 人間が……!? 何故ッ……!!!」
放たれた砲撃は、一撃一撃の威力こそ、先ほど打ち込まれた砲撃ほどの威力は無い。
けれど、一斉に弓矢を射かけるが如き一斉射撃は、サキュド達の突撃を阻むには十分過ぎるほどの効果を発揮し、サキュド達は躱しきれない砲弾を斬り伏せながら数秒ほど空中に留まるも、遂には堪え切れずじりじりと後退を始める。
「サキュド様ッ……! これでは近付けません!! っああ……!! 駄目です!! 危険過ぎます!! 目標はほとんど達成しています! 一度テミス様たちと合流しましょう!!」
「このッ……!!! 調子にッ……!! わかっているわよ!! ッ~~~!!! 忌々しいッ……!!」
一斉砲撃を避けて再び上空高くへと逃れたサキュドは、怒りと屈辱に目を剥くと、紅槍を振りかざして穂先に魔力を集中させた。
だが、傍らの配下が即座に悲鳴のような声を上げると、身を挺してサキュドを止める。
紅月斬。
テミスの月光斬を模したサキュドが誇る一撃は、確かに途方もない威力を有している。
しかし、その威力故に、サキュドとて一撃を放てば消耗は免れない諸刃の剣でもあった。
「クッ……!!! 退くわよ。テミス様に報告を」
「はいッ……!!」
それをよく理解しているからこそ。
サキュドは身を焦がすような悔しさにギリギリと歯を食いしばると、自身の配下に命令を下した後、テミスの待つ船へ向けて飛び去って行ったのだった。




