1827話 眩き光を追って
ザァッ……!! と。
放たれた白刃は海を割り、様子を窺っていたヴェネルティ艦隊の中央に大穴を穿った。
同時に、海底に沈み積もった船も切り裂かれ、月光斬の切り裂いた軌跡に海路が通づる。
「機関始動!! 全員! 死にたくなけりゃ魔力を振り絞れェッッ!!」
その一撃を確認した瞬間。
ロロニアは威勢の良い叫びをあげると共に、船を一気に前へと進める。
魔石を大量に消費する緊急用の動力と、自然風と風の魔石を用いて加速する帆を併用した全開加速。
加えて、黒銀騎団の魔族たちが力を注ぎ込む事で、ロロニアの船は留まることなく加速していく。
「っ……!! ハハッ……!! とんでもねぇ加速だ……。船体が悲鳴をあげてやがるぜッ!!」
ギシギシ。メキメキと。
まるで馬が嘶くかの如く響く音に、操舵倫を握り締めたロロニアは口角を歪めると、僅かに震える声で呟きを漏らした。
本来ならば、動力機関と帆を同時に使用する事は無い。
何故なら、凄まじい加速を誇る動力機関の性能に対して、大きく張った帆を風で押す事で船を動かす通常の動力は相性が悪く、加速の際に生じる風を帆で捉えてしまうせいでむしろ邪魔にしかならないのだ。
だが、魔術に長けた者達が力を注ぐ今ならば話は別で。
膨大な魔力を以て現出した魔法の風は、動力機関に劣らぬ力でぐんぐんと船体を押し進めた。
結果。
限界を超えた加速は船体を水面へと押し上げ、ロロニアの船はまるで水の上を滑るかのように駆け抜けていく。
そんな、艦船にあるまじき速度で傍らを駆け抜けていくロロニア達の船を、ヴェネルティ連合の船に乗る者達はただ、驚愕を以て見送ることしかできなかった。
「っ……!!」
一方。空を切って疾駆するロロニアの船の船首では、月光斬を放った後のテミスが荒い呼吸を繰り返すと、グラグラと激しく揺れる船の揺れに耐え切れず、崩れ落ちるかのようにその場に膝を付いた。
これで作戦の第一段階である、敵包囲網の突破は成功。
元々のテミスの策案では、このままフォローダの町まで戻る筈だったのだが……。
「機関停止!! 増速も止め!! 船体を安定させろ! このまま停止せずに回頭し、敵の出方を窺う!! ……取りィ舵ィ!! 一杯ッ!!」
背後から矢継ぎ早に響いた命令に、テミスはクスリと笑顔を浮かべると、頬を伝う汗を手の甲で拭う。
瞬間。
暴力的なまでの勢いで船を押していた力は失われ、ロロニアの船は急速に水面へと晒していた船体を沈めながら、安定感を取り戻していく。
そして、不安定に揺れ続けていた船が僅かに落ち着きを取り戻してきた刹那。叫びと共にロロニアが大きく舵を切ると、船はまるで狙いを定めるかの如く進路を東へと向けた。
「大丈夫ですか? 凄まじい揺れだったんで、海に投げ出されちまっていないかと心配したのですが……」
「問題無い。辛うじてだがな。大剣が無ければ危なかった」
「ひとまず、ご無事なようで安心しました。ですがこりゃぁ、とてもじゃねぇがまともに扱えるシロモンじゃねぇですね。できれば二度と御免でさぁ」
テミスは駆け寄ってくる大男に言葉を返すと、揺れる船体の上で身体を支える為、咄嗟に甲板へと突き立てた大剣を顎でしゃくる。
だが、湖族の男が怒りの声を上げる事は無く、ガリガリと片手で頭を掻きながらテミスの傍らで足を止めると、笑顔で感想を零しながら手を差し伸べた。
「……だろうな。私もだ」
「俺の見立てじゃあ、この船だと真っ直ぐ進むのが限界ですね。それだって、至近弾か何かで水面が荒れちまったらもう持たねぇ」
「っ……! 実に正確な見立てだな。そういえば、お前――」
「――アルークと申します。名乗り遅れて申し訳ありません。一応、今回はお頭の臨時の右腕として、副船長の任に就いています」
「あぁ……道理で」
差し出された大男の手を借りて立ち上がったテミスは、見覚えのあるその顔に名を返そうとしたものの、言葉が出てくる事は無く、気まずそうに視線を泳がせながら言葉尻を虚空へと逃がす。
そんなテミスに、アルークはにっこりと笑顔を浮かべると、立ち上がったテミスに朗々と名乗りを上げた。
そういえば、ロロニアの奴とぶつかった時に湖族たちの指揮を引き継いでいたのもこの男だったな。
告げられた役どころに、テミスは得心を覚えながら頷きを返すと、チラリと視線を船の後方へと向ける。
「……連中。乗ってきますかね?」
「クク……乗って来るだろうさ。なにせ連中は、この船の有する火力を嫌というほど見せ付けられているんだ。見逃せば帰る場所を失う事になる。意地でもここを通す訳にはいくまいよ」
おそらくは、ロロニアから当面の作戦を聞かされているのだろう。
テミスの視線を追ったアルークが何処か不安気な声色で問いかけるが、テミスは不敵な笑みを浮かべて答えを返した。
そう。
連中は我々を追って来ずには居られない。
自分達の船と敵国の民を囮にした、盛大な誘因作戦。
それがフリーディアの発案した策であり、敵艦隊が我々に食い付いたその隙こそ、あの島に残った者達が脱出する唯一の機会なのだ。
「全く……奴らしくもない非情な策だ」
仲間を救い出すための、全力全霊の脅迫。
そんな策を捻り出したフリーディアに想いを馳せながら、テミスは皮肉気な微笑みを浮かべたまま小さく肩をすくめてみせたのだった。




