1824話 積みあげた賭け金
戦略とは、緻密に、そして高々と積み上げられた積み木に似ている。
ただ部隊を動かすという一つの行動を取りあげても、そこには十重二十重に巡らされた策謀の意図があり、それらは互いに干渉しあって、頂点に据えられた勝利という名のたった一つのピースを掴むために存在しているのだ。
時にそれは芸術的なまでの美しさを内包し、後世にまで名を轟かせる事もある。
もっとも、そういった類の脳味噌を捏ね回して捻り出すような戦略はフリーディアの得意とする事であり、テミスとしては緻密に狂い無く積み上げられた積み木を、一撃で叩き壊すかのような策が好みではあるのだが。
「やれやれ全く……驚いたよ。まさかフリーディアがあんな大胆な作戦を提案するなんてね」
作戦のすり合わせを兼ねた休憩を終えたテミス達は、戦列を作って港へと引き返していた。
だが、そこにユナリアスと未だ意識の戻らない女騎士を除いた蒼鱗騎士団の面々は居らず、一仕事を終えた白翼騎士団の騎士達が、それぞれに明るい笑顔を浮かべている。
「そこは同感だな。伸るか反るかの大博打など、打つような奴ではなかった筈なのだが」
「えぇ。しっかりと学ばせて貰いましたからね。そもそも、単艦でここまで来ていること自体が無茶なのだもの。どうせ無茶をするのなら、やれるところまでやってやるわよ」
「……いったい誰の影響を受けたんだか。とてもじゃないけれど、教本には乗せられない策だねぇ」
「あらユナリアス。あなたも似たようなものじゃない? 模擬戦でいつも私の予測を掻い潜るその手腕には苦労したものだわ」
「そういう君こそ、裏の裏を読んでの返し手は見事だったとも。知っているかい? 君の戦術は今でも、学園で語り継がれている事を」
皮肉気な笑みを零して嘯いたテミスに、フリーディアが不敵な笑みを浮かべて言葉を返すと、歩を同じくするユナリアスが苦笑と共に肩を竦めた。
そこから始まったのは、二人が切磋琢磨をして競い合った学生時代の思い出話で。
テミスは何処か姦しさすら感じられる二人の会話に耳を傾けながら、青い空を暢気に泳ぐ雲へと視線を向ける。
フリーディアの立案した脱出作戦は、大胆かつ繊細で、かつ目的を達成できる公算の高いものだった。
とはいえ、テミスの目から見ても幾ばくか無茶が過ぎる上に、天運に任せねばならない箇所が多々見られるのは危なっかしく映るが、ある種そこが彼女の持ち味でもあるのだろう。
「クク……存外、博打打ちの素質もあるのかもしれんな。まさに全賭け……いや、二重賭けか」
目前に迫った次なる死闘を思い描きながら、テミスは静かに唇を吊り上げると、誰にも聞こえないほど小さな声でボソリと感想を漏らした。
戦を厭う者達は時に、戦争を命を賭け金とした博打などと揶揄するが、それは正確な比喩ではない。
情報を収集し、敵の思考を読み、狙いを察し、裏を掻いて対策をする。
それが戦争という行いの本質であり、本来ならばそこに運など介在する余地はない。
だが時に、戦力も情報も時間も、何もかもが足りない圧倒的な窮地においては、それらの然るべき熟考を省略し、強引な賭けに出る時もある。
まさにそんな稀代の愚行こそが、命を賭け金とした博打であり、フリーディアの立案してみせたそれは、間違いなくそういった類の大博打なのだろう。
「……そこにしっかりと、黒銀騎団という駒も乗せ切り、かつきっちりと優先順位が付いているのが気に食わんがな」
「テミス? 聞こえたわよ? 気に食わない事があるのなら、今言いなさい。後から文句を言われても受け付けられないわ」
「おっと。フッ……そういう類の文句では無いから安心しろ。ただ、まさかお前の策に乗って命を賭ける事になる日が来るとは思わなかったと……いうだけさ」
漏らしたテミスの言葉尻を捉えたのか、ユナリアスと昔話に興じていた筈のフリーディアが、不機嫌そうに眉を吊り上げながら身を乗り出して口を開く。
しかし、先だってのフリーディアの宣言通り、作戦自体は小賢しい腹案が隠れている事を加味しても、テミス好みの単純かつ明快な奇策で。
だからこそ、テミスは皮肉気に唇を歪めて笑みを作ると、いつも通りの憎まれ口を返したのだった。




