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172話 魔術師の矜持

「…………」


 ぎしり。と。無意識のうちに噛み締められたドロシーの歯が音を立てた。

 近接戦闘はこちらが圧倒的に不利なんて事は解っている。けれど、その不利を背負っていたとしても勝算は十二分にあったはずだ。

 魔術師が近接戦を挑むという心の隙を突いた。そして、肉体的劣勢は魔法で補った。……それでも尚、届かないのか?


「魔術師であるお前は前線で戦う兵を見下していたからなぁ? まさか、剣を振るう者が何も考えていないとでも思っていたのか? 答えは否だ。敵を観察し、動きを見極め、最適な一撃を導き出す。それは突き詰めれば、未来予知の域まで達する究極の思考と言えるだろう」

「…………」


 テミスが高説を垂れる前で、ドロシーは滾る怒りと漏れ出てくる焦りを必死で鎮めていた。

 確かに、私は戦士連中を侮っていた。魔導の深淵を突き詰める事を放棄し、世界の根源に干渉する技を捨てた愚か者……。故に、魔術師である私が愚者の強さすら得るこの戦い方こそが、最強たる切り札になり得る筈だった……。


「確かに。お前たち魔術師は頭が良いのだろう。無限にも等しい知識を有し、膨大な呪文をその頭蓋の内に秘めている。だがそれは、長きにわたる緩やかな思考だ。須臾の思考に生死を懸ける我々の速度に追い付けるはずもあるまい」

「……えぇ。そうね」


 ドロシーは初めてテミスの言葉に反応すると、大きく息を吐いて武器を構え睨み付けた。


 ――認めよう。今までの私は驕っていたと。

 ――認めよう。全知を語りながら、戦士の世界を知らなかった愚か者であると。

 ――認めよう。今の私に刹那の思考をする力が無い事を。


「けれど……」

「むっ……?」

「それがお前を赦さない理由にはならないッッッ!!!」

「っ!!」


 ドロシーが咆哮を上げた瞬間。無数の魔法陣がドロシーの周りに展開された。それらは常に色や形を変化させ、まるで魔法陣そのものが生きているかのように蠢きを繰り返す。


「その手には乗らんぞッ!」

「ッァァァァァアアアッ!!!」


 魔法の発動を潰すべく、即座に斬り込んだテミスの攻撃をドロシーはその盾で受け止めた。同時に、剣を持った手が激しく動かされ、その手元に新たな魔法陣が描かれていく。


 ――無いのであれば、創り出せばいい。

 数多の英知に習い、不可能を可能に、無から有を生み出す事こそが魔術師の本懐だ。今無いのであれば(・・・・・・・・)ここで創り出す(・・・・・・・)ッ!!!


 ドロシーの目が見開かれ、新たに描かれていた魔法陣が光を放った。

 テミスが何を思ったのかは知らないが、周りの魔法陣は全て英知の欠片。展開した魔法陣の一部を写し取る為だけのものであり攻性はない……いわばこれは深淵を探る探査機とも言える物だ。故に、魔法陣は形を変え、属性を変化させている。


「やはり、貴女は猪ね。魔術を知ってはいても、理解してはいない」


 ドロシーは唇を歪ませて微笑むと、第二撃の為に剣を引いたテミスを見据える。

 ――ああ。今なら解る。理解できる。

 そして、ドロシーの唇が緩やかに動き、一つの呪文の名を紡いだ。


記憶降霊(イ・リコルド)!!!」


 刹那。ドロシーは脳裏に新たな知識が焼き付いていくのを感じた。

 ――構えは上段。剣を引き切らない所を見ると、次に来るのは速さを重視したもので決めの一撃ではない。あくまでも私の動きを阻害するための一撃だろう。

 ならば。


「甘いっ!!」

「――っ!?」


 バギィンッ! と。重厚な音を立て、ドロシーの予測通りに振り下ろされたテミスの大剣は、光の盾に阻まれる。しかし、それを知覚した瞬間にテミスは手を変え、盾の上部を支点に剣を動かし、地面とは水平に構えを取った。


「させる訳が無いわ」

「何ッ――!?」


 しかし、ドロシーはその構えの意味を正しく理解していた。

 大剣の強みである刀身の長さを生かした防御突破の手法。それは盾を押し込み、盾の上部からはみ出た切っ先を相手に向ける事で防御を無効化し、刺突による一撃を繰り出す為の動きだ。

 以前の私であれば、力勝負に負けじと剣を押し返しただろう。だが、それは誤りだ。物を持ち上げるのに力が要るように、上下から力比べをした場合、上から切り下しているテミスの方が圧倒的に有利なのだ。

 故に、その対策は……。


「ハァッッ!!」

「ムッ……!?」


 ジャリィンッ! と音を立て、ドロシーの剣がテミスの甲冑を傷付けた。

 押し合いを拒否したドロシーは、テミスが押し込む剣の力をも利用して身を屈め、下段から這うようにして空いた体に攻撃を叩き込んだのだ。


「味な真似をッ!!」

「くぅっ……!」


 だが、テミスとて黙って攻撃を受ける事を良しとはしなかった。振り下ろした大剣にさらに力を籠め、力を以て逃げたドロシーを圧し潰しにかかる。

 一度その流れを受け容れたドロシーがそれを押し返す事ができないのは自明の理。微かな苦悶の声と共に、テミスの剣が地面を穿った。


「……ドロシー。お前……何をした?」


 テミスが足元から目線を逸らし、剣を引き抜きながら正面に目を向ける。

 そこには、土にまみれながらも不敵な微笑みを浮かべて剣と盾を構え直すドロシーの姿があったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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