1821話 集結と片鱗
フリーディアとの合流を果たした後は、速やかに砦から脱出し、戦域から撤退する。
それが当初テミスの考えていた計画だった。
現状の戦力では、砦から続く隠れ港に潜む非戦闘員たちを守りながらの脱出は、どう足掻いた所で不可能だろう。
そう考えていたのだが……。
「フリーディア様!! 戻られましたか!! 報告! 敵戦闘員の殲滅完了であります! 旗下に死傷者は無し! 負傷者の手当ては済んでおり、脱落者は三名です!」
「了解よ。ありがとう。こちらも無事、テミス達を回収できたわ」
「おぉ……! 安心しました!! それでは、現刻にてお預かりしていた指揮権をお返しいたします」
「えぇ。確かに」
フリーディアが率いてきた白翼騎士団の突入部隊の元へと戻ったテミス達を出迎えたのは、夥しい数の兵士たちの死体だった。
どうやらこちらの戦闘もつい先ほどまで続いていたらしく、戦いの熱ともいうべき狂気の残り香が漂っている。
しかし、周囲に敵の気配はなく、まるでこの場に集った者達以外は消え失せてしまったかのように静まり返った砦の中からは、微かな戦いの音も聞こえては来ない。
「さて……と。とりあえずひと段落といった所かしら? 無事で良かったわ。ユナリアス」
「……君は相変わらずだね。でも、正直に言って助かったよ。流石にどうにもならない状況だった」
「ハン……相変わらず……ね。その面の皮の厚さは昔からという訳か。覚えていろよ。いつかお前が同じ目に遭った時、絶対に同じ言葉を返してやる」
「あはは……意外と根に持つんだね……。怖い怖い」
部隊へ合流したフリーディアがパチンと手を叩いて朗らかに声を上げると、苦笑いを浮かべたユナリアスは肩をすくめて言葉を返し、傍らのテミスは皮肉と共に恨み節を叩きつけた。
それもその筈。
結果が後からついてくる形になったとはいえ、反撃の手段を隠し持っていた敵兵に対してテミスの行った応撃は間違いではなかった。
けれど、フリーディアはテミスが捕虜を攻撃した訳ではない事だけは認めたものの、根本的な己の主張を変える事は無く、頑としてテミスを詰問したことについての謝罪も口にする事は無かった。
だというのに、フリーディアの中でどのようにして感情の片を付けたのかは知らないが、意見を対立させていた筈のユナリアスやテミスに対して、欠片ほどの遺恨を残している様子もない。
そんな所が、テミスとしてはますます気に食わない所ではあるのだが、状況と場所が許さぬが故に、皮肉を向けるだけで済ませていた。
「えぇ。是非そうして頂戴? 私が苦痛に耐えるだけで、貴女が奪う命が一つでも減るのなら安いものだわ」
「チッ……!! 頭のいかれた楽天家め。目の前で餓死しかけている奴が居たら、自分の身すら切り与え始めそうだ」
「友人としては、そんな日は永遠に来ないで欲しいかな。とても見ていられない。ところでフリーディア、詳しい現状を聞いても構わないかい? 彼女からはまだ、簡単にしか話を聞いていなくてね」
「わかったわ。まず港の方はだけれど――」
自らの皮肉に、フリーディアが余裕の表情を以て応えると、テミスは忌々し気に舌打ちをしながら悪態を零す。
だが、そんなテミスを苦笑を浮かべたまま宥めたユナリアスは、話を切り上げるようにしてフリーディアへと向き直り、現状の共有を始める。
それをぼんやりと眺めながら、テミスは大きく息を吐くと、治療を施した頬をぺたぺたと触った後、自身の調子を確かめるかのように掌を数度握っては開く。
「ふぅむ……」
「調子はいかがですか?」
「良くはないな。せいぜい全力の三割程度か。もう少し時間が経てば、戦える程度にはなるのだろうが……。っ……!?」
浅く息を吐いたテミスの顔を覗き込むようにして、ひょっこりと現れたリコが穏やかな声で問いかける。
突如として向けられた問いに、テミスは特に意識をすることなく、生返事でも返すかのように答えるが、すぐにリコの存在に気が付いてビクリと軽く肩を跳ねさせた。
「リコ……!? お前……部隊に戻ったんじゃなかったのか?」
「いいえ? 確かに無事合流は果たしましたけれど、まだ任を解かれた訳ではありませんので。それに、このままテミス様を放り出して戻るなんて流石にできませんよ」
「そうなのか? だが止せ。私に構っていては、フリーディアの奴が気を悪くするやもしれん」
「それでも! です。私では杖代わりくらいしか務められませんが、どうかここで無理はしないで下さい」
「……っ!! フッ……それもそうか。なら、遠慮なく手を借りるとしよう」
「はいッ!!」
そんなテミスに、リコは迫るようにして言葉を重ねると、にっこりと笑顔を浮かべて手を差し伸べる。
その言葉には、確かにテミスを思いやる心と、この戦いの先を見据えた冷静さが入り混じっていて。
テミスはリコの告げた予想を超えた言葉に驚きの表情を浮かべたものの、すぐにクスリと笑顔を浮かべ、差し伸べられた手を握ったのだった。




