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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第28章

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1819話 執恨の牙

 ――なんと無様な。

 嵐の如く叩きつけられ続ける拳の雨に晒されながら、靄のかかった意識の中、テミスは胸の内でひとりごちる。

 無論。痛みはある。

 打ち据えられた顔面は余すところなく痛むし、鼻の奥は赤熱する鉄串に刺し穿たれたかのような、熱を帯びた鋭い痛みが渦巻いている。

 だが身体の痛みよりも。

 テミスは自身の甘さが招いたこの結果が。

 普段の自分ならば、ただの一撃すら受ける事無く、命を斬り払う事が出来る程度の相手に蹂躙されている今の有様が、堪らなく悔しかった。

 この男は殺す。

 そう胸の内に固く誓えども、今のテミスにはただ殴り続けられる他に術はなく、降り注ぐ痛みに耐えながら、悔しさと殺意を糧に自身の復調を待っていた。

 だが……。


「へ……へへ……。まぁ待てよ。取引だ。俺はコイツ等を殺さなかったし殺さねぇ。だからお前も俺を殺すな。捕虜としての扱いも将校待遇にしろ」

「……あなたにできる事は投降のみよ。さぁ、立ちなさい! 早くッ!!」

「焦りなさんな。こちとら、コイツの首にはもう手ェかけてんだ。アンタの剣が俺の首を掻き切ろうとも、死ぬ前にコイツの首をへし折る事くらいはできるんだぜ?」

「無駄な事は辞めなさい。私はあなたを殺したくはないわ」

「クク……無駄かどうか……試してみるかい?」

「っ……」


 突如として響いた聞き覚えのある凛とした声を合図に、テミスは自身へ向けられていた暴力の雨がピタリと止まったのを感じた。

 しかし、未だに首へとかけられた手には力が籠っており、頭上から響く会話と共に強まったその力に、テミスは反射的にピクリと顎を跳ねさせる。


「わかったわ。あなたの要求をのむから、早く離れなさい」

「へっ……はじめっからそう言やぁ良いんだよ。ったく、そうすりゃあコイツも無駄に苦しまなくて済んだってんだ」


 敵兵の言葉に、フリーディアは僅かに目を細めたものの、声色に何処か焦りを滲ませながら小さく頷きを返す。

 そして、敵兵が剣を手放すのを確認してから首筋へと当てがっていた剣を引き、状況を確認すべく周囲へと視線を向けながら頬を伝う一筋の汗を拭った。


「そうと決まりゃ、さっさと行こうぜ。どっちの援軍が先に来るかの勝負だったんだ。負けちまったのは悔しいが、この期に及んで不意打ちなんざしねぇから安心しろい」

「…………」


 フリーディアが目を離した間にも、未だ射殺さんばかりの瞳で己を睨み続けるユナリアスに、敵兵はゆらりと手を挙げ、軽い口調で告げながら横たわるテミスの上から退いた。

 ……否。退こうとした。

 それは、自身の首を締め上げていた拘束が解かれ、抵抗を封じ込めていた敵兵の脚が無くなった刹那の事だった。


「――ッ!!!!!」

「ぐッ……!!? ああああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!! ――んだッ……コイツッ!! クソッ!!! 止めろ!! 俺はもう投降したんだッ!!」

「ッ……!! テミス駄目ッ!! 止めてッ!!」

「畜生ッ……! オイッ……!! お前らァッ!! さっさとこの半死人を何とかしろ……!! ぎぃぃぃやぁぁァァアアアアアアアッッ!!」


 まるで死体の如く仰向けに横たわっていたテミスは、肉体を縛る枷が無くなった瞬間に上体を閃かせると、離れていく敵兵の首筋に追い縋って食らい付く。

 鋭い剣士を敵兵の肉へと突き立て、渾身の力を込めて齧りついたテミスを、敵兵は悲鳴をあげながら、何とか振り払おうと腕をばたつかせた。

 だが、がむしゃらに振るわれた腕が腹を打とうとも、頭に当たろうとも、テミスの顎に込められた力が緩む事は無く、僅かに遅れて事態に気が付いたフリーディアが鋭く叫びをあげて尚、テミスの歯は敵兵の首の内側に確実に沈んでいった。


「あぁもうッ!! だから早く離れろと言ったのにッ!! テミスッ!! もう戦いは終わったわ!! テミスッ!!!」


 ミチミチと肉を食い千切るかの如く食らい付くテミスに、敵兵は半狂乱になって叫びながら暴れ続ける。

 そんな二人を止めるべく、叫びをあげたフリーディアが駆け寄りかけた時。


「ふざッ……ふざけるなッ!! 痛てぇ痛てぇ痛てぇッ……!! 早くしろッ!! 俺は捕虜だぞ!! コイツを斬り殺してでも助け――あ……がアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 ブチィッ!! と。

 肉と皮が千切れる音が響くと同時に、テミスの歯によって齧り取られた敵兵の首筋から、まるで噴水のように大量の血が吹き上がった。

 堪らず絶叫をあげた敵兵は、僅かに傷口を抑えようとしたかのように腕が持ち上げたものの、瞬く間に意識を失ってドサリとその場に倒れ伏す。

 一方で、敵兵の肉を齧り取った事で支えを失ったテミスは、暴れ回っていた敵兵に投げ飛ばされるように壁へと打ち付けられたようで。

 敵兵が倒れ伏した傍らの壁に背を預けるような格好で、吹き上がった敵兵の血の飛沫を浴びていたのだった。

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