1814話 暗中行脚
何をするにしても、兎も角一度フリーディア達と合流するしか手立てはない。
それが熟考の末、テミスが導き出した結論だった。
どうせ移動すらままならないのだ。同じ危険を冒すのならば、隠れ潜んでいる戦う力のない人々の元へと向かうよりも、戦力を有しているフリーディア達に合流する方がまだ安全だ。
テミスの出した決定に、ユナリアスは一度は再考を促して食い下がりこそしたものの、自分達が隠し港へ向かった所為で戦力を持たない人々の隠れる場所が露見する可能性を示すと、驚くほどあっさりと自らの間違いを認めて引き下がった。
故に。
即座に行動を開始したテミス達は休憩室を後にすると、満足に動かない身体を引き摺りながら強行軍を開始したのだ。
「っ……!! 敵影……無し。順調ですね……」
「…………」
休憩室を離れて数度目の曲がり角。
砦の出口を目指すテミス達の先頭を務める騎士が立ち止まり、じっくりと様子を窺ってから静かに声を上げる。
事実。
テミス達が侵入した時に比べて砦の中は不気味なほど静まり返っており、剣を交える金属音や戦いの怒号も聞こえて来ない。
在るのはただ、しぃんを水を打った静けさだけで。
この場の誰もが自然と息を殺し、声を潜めて緊張感を高めていく。
「ッ……! 大丈夫みたいですよ……! さぁ……行きましょう……!! テミスさん……!」
「あぁ……」
「ユナリアス様……お体は……?」
「問題無い。私の事は良いから、周辺の警戒に当たってくれ」
「ですが……!」
「っ……」
「あぁっ……! ご無理はなさらないで下さい……俺の肩に掴まって……さぁ……!!」
前方に二名。後方に一名の戦力を配したテミス達だったが、やはり中核を歩む負傷者たちの足取りは遅々として進まない。
刻一刻と過ぎていく時間は極度の緊張に満ちており、共に歩んでいるテミスからでも、張り詰めた騎士達の意識が今にもぷつりと切れてしまいそうな事が容易に見て取れた。
「クス……やれやれ……だな……」
「……? 何か異変でも?」
「いいや。我が事ながら、無様だと嗤っただけさ。意気揚々と助けに斬り込んだ挙句がこのザマだからな」
「それは……すまない。私の責任だ。無事に戻る事が出来た暁には、必ず……!! だから、今はどうか悋気を抑えて声を潜めて貰えないだろうか?」
「そう意気込むな。責めているんじゃない。そうまで張り詰めるなと言ったんだ。幸いにも、状況は我々に味方をしているらしいぞ?」
このままでは長くは持つまい。
そう判断したテミスは、あえて声を潜める事無く口を開くと、肝を冷やして宥めに架かるユナリアス達に皮肉気な笑みを浮かべてみせる。
極度の緊張が続けば人はいとも容易く壊れる。それがこのような、濃密な死の香りだけが充満した静けさと暗闇の中であれば猶更で。
誰か一人でも気が触れてしまえば、それはこの部隊の全滅を意味しており、だからこそテミスは危険を承知で賭けに出たのだ。
「それ見た事か。こうして話した所で敵は襲ってなど来ない。敵の気配が感じられないのは、身を潜める我々には好都合ではないか」
「で、ですがッ……!! 今こうしている間にも、何処かに敵が潜んでいるやも――ヒィァァッ……!!」
「ククッ……心配性だな。真面目なのは良い事だが、擦り切れてしまっては意味が無い。どれ、少しばかり調子も戻ってきた事だ。少しばかり先頭を代わるとしよう」
「えぇっ……!?」
「テミスさん……」
「リコ。頼む」
「ッ……! はい……!!」
朗々と声を発し続けるテミスに、先頭を担っていた騎士は堪りかねたかの如く身を翻すと、何も無い空間に視線を向けてビクリと身を竦ませる。
それは、騎士の心が既に限界に達している何より如実な証拠で。
内心で舌打ちを零しながらも、テミスは悠然として態度で嘘を吐いた後、身を寄せているリコに声を潜めて全身を促した。
無論。この短時間でテミスは体調など回復しているはずも無く。
だがそれでもギリギリの綱渡りを達するべく、テミスは鉛の如く重たい腕に気合を込めて持ち上げ、背中の大剣をズルリと抜き放った。
「では諸君。進むとしよう」
そしてただ一言。
後ろを振り返ることすら無く告げたテミスは、引き摺るようにして携えた大剣の切っ先がズリズリゴリゴリと鈍い音を奏でる事すら構わず、壁に身を寄せて様子を窺う事すらせずに、傍らのリコに半ば担がれた格好のまま、堂々とした態度で角を曲がったのだった。




