1805話 蒼き騎士の問い
ビシャリ。と。
訪れた沈黙の中。最後の敵兵を斬り払った女騎士が、剣についた血を払う音が鈍く響く。
薄闇の中で尚、壁に突き立った漆黒の大剣は鈍い輝きを放ち、部屋の中に四散した血が重く苦しい陰鬱な雰囲気を醸し出している。
「…………」
そんな中。
大剣を手放したテミスは、自らの背後に構えこそ解いたものの未だ武器を収めずに佇む蒼鱗騎士団の騎士達を捨て置いたまま、リコの前で一人剣を収める女騎士へと静かな視線を向けた。
先ほどの戦いでは、咄嗟の共闘を演じたものの、彼女は幾度となくテミス達を試す問いを発していた。
奇襲直前の問いかけ然り、見せ付けるような構えから発された、テミスをも巻き込みかねない剣戟と然り、彼女の中では未だこちらが味方であると判断した訳ではないのだろう。
「助太刀感謝する。だが、窮地を救われた身の上で恐縮ではあるのだが、貴官の所属と名前を教えては貰えないだろうか?」
テミスがそう女騎士の意図を推し量っていると、女騎士はぺたりとその場に尻もちをついたリコを尻目に、兜から頭を抜きながら問いかけた。
薄闇の中に映える僅かにウェーブがかった長く淡い色の青い髪は、まるで水底を漂うかのごとくふわりと宙を舞うと、音も無く身に纏った甲冑の上にしなだれかかる。
「白翼騎士団所属のリヴィアだ。ここには、先行偵察の任を受けて来ている」
「フム……? 白翼騎士団……か……。確かにその装いは白翼のものだね。私はあの騎士団の事は少しばかり知っているのだが……。彼女が率いる騎士達の中に、大剣を操る女騎士が居たとは過分にして聞いたことが無い。それも、君ほどの腕を持つ者など猶更……ね」
悠然とした口調で発せられた問いにテミスが短く問いを返すと、女騎士はまるで出方を窺うかの如く、さりげない足取りでテミスの近くへと数歩だけ歩み寄る。
しかし、その歩みは決して真っ直ぐにテミスへと向かった訳ではなく、壁に突き立った大剣とテミスの間に割って入る形で足を止めた。
「生憎私の身分は客将扱いだからな。フリーディア様には最近拾われたばかりなんだ。貴女が知らずとも無理はない話だよ」
「なるほどなるほど。確かに、客将ならば私が知らないのも無理はない。彼女の性格を鑑みればあり得ない話では無いからね。でも……だ。そちらのお仲間……先ほど君の名を叫んだように思うのだけれど、私の聞き違いだろうか?」
「っ……! あぁ。聞き違いだろうな。おおかた、剣戟の音が混じっていた所為ではないか? そちらにとっても、その方が都合が良いのではないかと愚考するがな」
「…………」
真正面から向き合い、朗々と交わされる問い合いが次第に熱を帯び、剣戟とは別種の緊張感が場を支配する。
先ほどからの態度と、彼女から放たれた問いの内容を鑑みるに、恐らくはこの女騎士が蒼鱗騎士団を率いているというユナリアスなのだろう。
テミスは冷静に胸の内で分析を重ねながら、次に放たれるであろう問いを予測する。
そうなると、先ほど背を向けて逃れんとする敵兵を、一刀の元に絶命させた冷淡さが引っ掛かる気がしないでもないが、リコを介さずして合流を果たしてしまった今となっては、ひとまずは敵でない事を示す事が先決だ。
「ともあれ! 敵でない事は今の戦いで理解して貰えただろう? 私の事など、本隊に合流してからいくらでもフリーディア様に聞いてくれればいいさ。残ったのはあなた達だけか? 他の者達は何処に?」
「っ……」
「…………」
このままでは埒が明かない。と。
黙り込んだユナリアスと思しき女騎士に、テミスが問いを重ねた時だった。
テミスの傍らの薄闇の中から、浅く荒い微かな息遣いと共に、ジャリッ……と地面を踏みしめる僅かな音が響く。
無論。
眼前に立つ女騎士や背後の蒼鱗騎士団の面々だけではなく、周囲全てに気を張り巡らせているテミスがその音を聞き逃すはずも無く、しかしテミスはあえて黙殺したまま言葉を続けた時だった。
「……わかった。私が信用できないのなら、そちらのリコに従って本隊に合流してくれ。あぁ、その場合は一応、入れ違いになった時の為に貴女の名前を――」
「――ゥゥゥォォオオオオオッ!!!」
猛々しい雄叫びと共に、ぐにゃりと曲がった剣を携えた三人の兵士が、殺意の迸る眼を血走らせてテミスへと襲い掛かる。
だが、飛び掛かった兵士たちの手がテミスへと触れる前に、彼等の動きを予測していたテミスの拳が三人の内一人の兵士の顔面を貫き、そのまま地面の上へと押し倒した。
しかし次の瞬間。
「がっ……ぁ……ッ……!!!」
「んなッ……!? やめッ……!! ぎゃッ……!!」
残る二人の兵士と思われる断末魔の声と共に、テミスの背後から二度剣が空を切る音が響き渡った。
そして。
「私の名はユナリアス。蒼鱗騎士団の団長を務めている。もしも、お父様やフリーディアが無茶を求めたのならば申し訳ない。二人に代わって謝罪する。だがどうか、私には貴女の真の名をお聞かせいただけないだろうか?」
キン……と剣を納める澄んだ音が奏でられた後、穏やかな声色と共に、気絶した兵に馬乗りに跨る形となったテミスの前へ、ユナリアスの手が差し伸べられたのだった。




