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170話 定めを破りし者

 地面を蹴り、弾丸のように飛び出したテミスは、その黒光りする大剣を迷いなくドロシーの顔面に叩き込んだ。

 一撃必殺。遠距離からの魔法攻撃を得意とするドロシーにとって、この一撃は躱せるような代物ではない。


「アハッ」


 ――刹那。

 蕩けるような笑い声が聞こえたかと思うと、ガギンという硬い音と共に、テミスの手に衝撃が走った。同時に、重い衝撃が周囲を揺らし、二人の姿を土煙が覆い隠す。


「ッ――!!!」


 次の瞬間。

 テミスの起こした土埃を切り裂いて、白く輝く切っ先がテミスの頬に浅く傷痕を残して消えていった。


「なっ……」


 テミスは即座に体勢を立て直すと、半歩退いて思考を巡らせた。

 今のは明らかに剣の切っ先だった。魔法使いである事に固執していたドロシーが剣を……?


「……あり得ん」


 テミスは湧き出た疑問を即座に切り捨てると、剣を構えて土煙に隠れたドロシーを凝視する。

 どちらにしても、初撃は阻まれた。

 ならば奴が次にとる行動は――。


「――っ!!」


 瞬間。微かな風切り音を捉えたテミスは、反射的に構えを解いて体をのけ反らせた。その目のすぐ先を、先ほど見た白い刃が風切り音と共に通り過ぎていく。


「グッ……くっ……」


 体勢を崩したテミスがそのまま宙返りの要領で退き、新たな土埃を立てながら大きく後退する。直後。強烈な風が前方から吹き荒れ、立ち上った土煙を吹き飛ばした。


 ――そこには。

 光り輝く剣と盾を手にしたドロシーが、得意気な顔で武器を構えていた。


「魔術師が魔法だけだとでも思った?」

「ああ……。どうせそれも、魔法だろう?」

「っ――ええ。私の英知の粋を集めた魔力集約術式……。マギア・アルマよ」


 皮肉気な笑みを浮かべたテミスが首肯すると、微かに動揺を見せたドロシーが表情を戻して武器を掲げる。

 しかし、内心で驚愕していたのはテミスの方だった。


 魔法とは言え、あのドロシーが剣と盾で戦うだと? それも、未だ硬いとはいえ剣と盾を構える姿はサマになっている。


「それだけではあるまい……魔術師であるお前が私の一撃を止めれる筈が無い」

「フフッ……驕りは止しなさいな。貴女の一撃が、魔術師風情にも止められる程度のモノだった……と言う事では無くて?」

「ほざけ……」


 テミスとドロシーは再びじりじりと距離を詰めながら、互いに笑みを浮かべて口撃を交わす。

 だが、テミスが驚愕を覆い隠しているように、ドロシーもまたテミスに対して畏れを抱いていた。


 まさか、猪風情が術式を見抜くとは……。

 この術式は城での戦いでテミスに敗れて以降、ドロシーが密かに研究し続けていた物だった。

 剛竜爆砕牙……あの金色の刃には、私の誇りと自信をも砕かれた……。

 あの時、ドロシーが繰り出した防御術式は、間違いなく当時のドロシーが扱える最強クラスの魔法だった。しかし、人間の小娘如きの技の前に打ち砕かれ、目を覚ました時には既に、奴は我等が魔王軍に名を連ねる運びとなっていた。


「っ……」


 光り輝く盾の陰で、ドロシーの喉がゴクリと生唾を飲んだ。

 できれば、一撃で決めたかった。

 あの女は明らかに私を侮っていた。だからこそ、魔術師は遠距離攻撃しかできないという固定観念に囚われ、初撃を迷いなく踏み込んで来たのだ。


加速(アクセル)筋力増強(ストルケ)防壁(エンパス)


 慣れぬ装備を構えながら、ドロシーは自らに強化魔法を重ね掛けする。そもそも、この手の術式は効果が切れるのが早い割に、その反動が大きいのだ。だが、魔術師である私の身体能力では、どうあがいても戦士であるテミスに勝つことはできない。


「……ぐくっ…………」


 強化魔法を付与した瞬間。ドロシーの体を更なる違和感が襲う。普段動かしている感覚とはまるで異なる気持ち悪さ。まるで、自分の体が自分の物でないかのような気持ち悪さとおぞましさがドロシーの脳裏を駆け巡った。


 ――だけど。もう、私がやるしかない。

 ここで私が食い止めなければ、この女はもっと深く魔王軍に食い込んで来る。それこそ今度こそ、ギルティア様の命を脅かす位置まで。


 ドロシーは目を見開くと、ギラリと前方のテミスを睨み付けた。私の体はどうなっても良い。この女だけはここで倒さねばッ……。


「ハァァッ!!」


 盾を前に構え、ドロシーは力強く前へと踏み切った。そして、自らの体で剣を隠し、盾を目隠しのように使って突進する。


「っ……!! チィッ!!」


 対するテミスは一つ舌打ちを撃つと、身を翻してドロシーの構えた盾に鋭い蹴りを叩き込んだ。


「馬鹿めッ!!」


 ドロシーが叫び、隠していた剣を鋭く前に突き立てる。

 奴の剣は大剣。蹴りを放つためにはその切っ先はどうしても背後を向く。ならば、この攻撃を止める事は――。


「馬鹿はお前だ」

「っくぅっ――!!」


 刹那。ドロシーの上に影がかかり、頭上からテミスの声が降り注いでくる。ドロシーが反射的に前へ転がり出ると、ついさっきまで立っていた位置にはテミスの大剣が深々と突き刺さっていた。


「この私が……こんな戦いをッ……」


 ギリギリと屈辱に身を焦がしながら、ドロシーは素早く体を反転させてテミスを睨み付けた。

 本来であれば、こんな泥臭い戦法で戦うのは趣味ではない。汗はかくし疲れるし……何より、美しくない。私の好む、精緻な術式を用いて敵を追い詰めていく戦いとは真反対のものだ。


「それでもっ……!」


 ドロシーは食いしばった歯の隙間から似合わぬ気合の息を漏らすと、深々と地面に突き立った大剣を手に、未だに背を向け続けるテミスに剣を突き立てたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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