1792話 衝突する思惑
船首から放たれた月光斬が、鶴翼に展開を始めた敵左翼の敵をまとめて薙ぎ払う。
しかし、テミスの狙いは敵の中央に陣取っている、旗艦と思しきひと際大きな戦艦で。
月光斬が放たれる直前。船が大きく右方へと舵を切ったせいで、狙いを大きく外したのだ。
「ッ……!! この大馬鹿がッ!! 私は、真正面から突っ込め……と。そう指示を出したはずだが……?」
ズダンッ!!! と。
テミスは振り抜いた大剣を抜き身で携えたまま、鬼気迫る表情でロロニアの元まで駆け戻ると、その勢いのままに胸倉を掴み上げ、背後に聳え立つマストへ叩き付けて詰問する。
奇襲における初撃とは、後の戦況を左右する重要な一撃だ。
今回の作戦では、特にその重要度は顕著であり、一撃で敵の旗艦を沈めて指揮系統を粉砕し、混乱を作り出す手はずだった。
だが、結果としては敵の左翼を削り飛ばしただけで旗艦は生き残り、統率に乱れこそ見て取れてはいるものの、敵艦隊は砲撃の手を緩める事無く立て直しを図っている。
「……敵艦への突撃は自殺と同じ。船乗りの間じゃ常識だ」
「だから? それで!? 正面衝突などするはずも無い! 斬り飛ばしてやるのだからな!! お前が余計な事をしたせいでッ……!!」
「だったらッ!!!」
「――っ!!」
「ッ……! だったら、先に何をやるかぐらい説明しろってんだ!! 俺達はお前の部下でも何でもねぇ!! 何も知らされずに死にに行けと言われて従うような馬鹿じゃねぇんだよ!!」
「ハッ……いうに事欠いて……。部下でも何でもない部外者に、懇切丁寧に作戦を語ってやる訳がないだろうが」
「ちょっと!! 二人共ッ!! 止めなさいよ!!」
「お頭!! 戦闘中ですッ!! 足が止まっちまってる!!」
互いに額を打ち合わせ、テミスとロロニアは睨み殺さんとでも言わんばかりに視線を交えながら気炎を上げた。
しかしすぐに、傍らから飛び出たフリーディアとロロニアの腹心らしき湖族の男が二人を羽交い絞めにすると、それでも止まろうとしない二人をずるずると引き離す。
「離せ!! フリーディア!! コイツは駄目だ!! 話にならん!! 手前勝手な考えだけで動きやがって!!」
「だから説明をしろって言ってるんだろうがッ!! あんな出鱈目な攻撃があるなんて聞いてねぇ!!」
「私のッ!! 真正面から突っ込めという指示を無視した癖によくほざけたなッ!! お前は作戦行動をする時、部下共に一から十まで意図まで説明してやるのか!?」
「~~~~ッ!!! そこまでッ!!!! これ以上喧嘩するのなら、二人とも私の権限で拘束するわ!!」
「なッ……!? フリーディアッ!! お前ッ!!」
力付くで引き剥がされて尚、剥き身の怒りを叩き付けるかの如く罵り合う二人の罵声を引き裂くように、フリーディアの凛とした怒声が響き渡る。
瞬間。テミスはロロニアに向けていた怒りの表情を変えないまま背後を振り向くと、そこには静かな怒りを燃やすフリーディアの鋭い表情があった。
「テミス! 場を弁えなさい! 二人とも指揮官にあるまじき行いよ。ここからは私が指揮を執ります。あなたは彼の代わりに船の操舵をお願い。このまま破った敵左翼側を抜けるわ」
「待て!! 俺たちはお前の指揮に従う義務なんて――」
「――了解!! お頭。敵の砲撃の精度が上がってる。悪ぃけど俺はこのまま沈みたくはねぇんでさぁ!!」
「あっ……!! おい!! クソッ……!!!」
「ッ……!!!」
フリーディアはテミスを叱りつけた後、そのまま声を張り上げ指揮を始めると、名指しを受けたロロニアを拘束していた湖族の男は、冷静な声でロロニアに告げた後、飛びつくようにして舵を握る。
「サキュド! 出撃準備!! 進路を阻む敵の排除を!! コルカ達はそのまま船体防御を続けて!」
「嫌よ。私はテミス様の命令にしか従わないわ」
「こんな時にッ……!! 状況は見ればわかるでしょう!?」
「――。サキュド。頼む」
「クス……。了解……!」
続いて、フリーディアは甲板で待機しているサキュド達に向けて命令を発するが、サキュドはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら短く拒絶した後、チラリと視線を傍らのテミスへと向けた。
だが、怒りの声を上げるフリーディアを制したテミスが呟くように言葉を添えると、サキュドは即座に満足気な微笑みを浮かべて姿勢を正し、クルリと身を翻す。
「ハァ……もう……! それで? 少しは冷静になったのかしら?」
「あぁ……多少はな。忌々しくはあるが……チッ……! しばらく指揮は預ける」
「最初からそのつもりよ。お世辞にも良い状況とは言えないから、ゆっくり……とは言ってあげられないけれど、少し休んで気持ちを入れ替えると良いわ」
「フン……頼んだ」
何処か得意気なサキュドの背を見送ってから、フリーディアは呆れた笑みを浮かべてテミスへ問いかける。
その問いに、テミスは未だ煮え切らない胸中を自覚しながらも、低い声で言葉を返す。
だが、フリーディアは全てお見通しとでも言わんばかりに、肩を竦ながら片目を瞑って嘯いてみせた。
そんなフリーディアに、テミスは拗ねたように鼻を鳴らすと、ボソリと一言だけ告げてから、重たい足取りで船首へと足を向けたのだった。




