1791話 希望の裏側
あり得ない。
何なのだあの化け物は。
ただの旧型戦艦ではない? 旧型戦艦に偽装した最新鋭艦……? 否ッ……!! 魔導技術大国であるエルトニアから供与を受けたこの艦よりも、優れた艦など存在するはずが無いッ!!
「ならば……ならばアレは何なのだッ……!?」
同時刻。
テミスたちの急襲を受けたヴェネルティ連合艦隊は、軽い恐慌状態に陥っていた。
戦力の差は歴然。本来ならば今頃はフォローダを急襲しているはずだったというのに。
敵戦力の予想を超えた粘りに翻弄され、漸く息の根を止めてやれる。
そんな僅かな心の緩みを突いたかの如く、現れたのがあの異常な火力を持つ一隻の船だった。
「護衛艦ソイソス! 戦艦ヴィースター撃沈ッ!! ザルザンとベルシャメルも応答がありませんッ!!!」
「敵艦!! 進路変えずッ!! 突っ込んできますッ!!!」
「あんなオンボロ……さっさと沈めちまえよッ!! 砲手は何やってんだッ!!」
艦橋の中に響く悲鳴混じりの報告と、苛立ちと焦りが綯い交ぜとなった怒号を聞きながら、ヴェネトレアに所属する戦艦・シャルピニーを指揮するラゴーナ艦長は、衝撃と恐怖に身を震わせていた。
敵拠点の在る島を包囲する戦列の最外周。戦功を立てる事などできる筈もないこの場所に配された時は、自分達のあまりの不遇さに女神を呪いさえした。
もしかしたらこれは、たとえ僅かであったとはいえ偉大なる女神に背信を抱いた私への罰なのだろうか?
そんな悪夢のような思いを抱かずには居られないほど、ラゴーナの前に現れたテミス達の船は、異様な戦いぶりを見せている。
「ッ……!! おいおい……嘘だろ……? 見ろ……砲手が間抜けな訳じゃねぇ。あいつ等……こっちが撃った砲撃を撃ち落としてやがる……!!」
「ハァッ……!? そんな馬鹿な話があるかッ!! 寝惚けてんじゃねぇ! まだ敵船が魔導障壁を積んでやがるって方が信じられるぜッ!!」
「艦長ッ!! ラゴーナ艦長ッ!! ご指示をッ……!!」
「ムッ……ウッ……ヌゥゥッ……!!!」
何もかもが常識外れの現状に、指示を求められながらもラゴーナはただ唸り声を漏らす事しかできなかった。
長年、この湖で指揮を執り続けたラゴーナでさえ、あのふざけた敵船の戦術に秘された意図が、欠片さえ読み取れることができずにいたからだ。
本来の艦隊戦闘ならば、単艦での突撃など自殺行為にほかならず、意図があるとすれば敵船へ体当たりを敢行しての道連れくらいのもの。
だがあの船からは、自分達の命を棄てて戦うという決死の気迫は感じられず、あの何処から見ても無謀な単艦突撃には、不気味な自信すら感じられる。
「本艦以外は転回中止!! 左右に分かれて鶴翼陣形ッ! 包囲して全火力で叩き潰せッ!!」
故にこそ。この場で確実に沈めておかねばならない。
ラゴーナは自らの胸中でざわめく不穏な予感を汲み取ると、狂走を続ける敵船を全霊を以て排除すべく、指示を叫んだ。
周囲を取り囲んでの一斉砲撃など、単艦に対する応撃にしては過剰攻撃にも程がある。
だが、既にラゴーナの頭の中では、テミス達が乗艦する敵船を単艦と認識しておらず、船団さえも殲滅し得る火力を以て応じたのだ。
「操舵手。敵の狙いが体当たりを敢行しての特攻の可能性もある。以降、敵船に対して絶対にこちらの腹を見せるな」
「……! 了解ッ!! 準備しておきます! 任せて下さい艦長! イザってときは華麗に捌き切ってみせますよ!!」
自身の指揮を受けて、機敏な動きで展開していく旗下の船を見据えながら、ラゴーナは静かな声で警戒を促した。
それに対して、返ってきたのは長年共に戦ってきた戦友の心強い言葉で。
厳格な者ならば咎められかねないような、操舵手の明るく砕けた口調が、張り詰め過ぎた艦橋の緊張をほぐすのを感じながら、ラゴーナはゴクリと生唾を呑み下す。
人事は尽くした。現存する艦艇の最大火力以ての包囲殲滅に、万に一つの可能性を鑑みての対策も打ってある。
驕りも。侮りも無い。
あとはただ、あの無謀な突撃を鑑みた不気味な船が、確実に沈むのを見届けるのみ。
そう、ラゴーナが確信した時だった。
「あ……? 何だ? アレ……? 船首に……女? ハッ……! 剣なんか振り上げたって意味ねぇっての!!」
敵船の監視を続けていた観測手が、嘲笑を零した刹那。
ギシリと船が嘶く音が響くと共に、敵船が僅かに右へと傾いだかに思うと、突如として敵船から放たれた巨大な純白の閃光が、ラゴーナたちの乗る旗艦・シャルピニーの傍らを掠めて後方へと飛び去って行ったのだった。




