1790話 救援急襲
包囲されたパラディウム砦で、ユナリアスが決起する少し前。
テミス達の乗り込んだ船は、砦を有する離島が僅かに見え始める程の距離を置いた湖上を疾駆していた。
もうもうと黒煙を上げる島と、島を取り囲む大艦隊。
それを見たテミスの判断は、まるで事態を想定していたのではないかと思うほどに迅速だった。
「全力で進めッ!! 敵後方に食らい付くぞッ!!」
「――っ!!! 無茶だ!! あの数に転回されれば一瞬で囲まれちまうッ!!」
「そうはならん!! 絶対にだッ!! 良いから行けッ!! コルカッ!! 準備しろッ!!」
「あいよォッ!! 待ってましたッ!! お前達!! 思いっ切りブチかますよッ!!」
「っ……!! まさかッ……!?」
凛と号令を放ったテミスに、操舵輪を握るロロニアは必死の形相で抗弁する。
だが、テミスはロロニアの抗弁を斬って捨てると、甲板に立ち並んだコルカへと命令を下した。
瞬間。
即応したコルカが鬨の声を上げると同時に、テミス旗下の黒銀騎団魔術部隊は各々の真の武器である魔杖を取り出すと、一斉に魔法の詠唱を始める。
「あぁ。そのまさかだ。言っただろう? 戦闘はこちらで引き受けると。攻撃も防御もこちらでやる。解ったら真正面から全力で突っ込め」
「ッ……!! 全速……前進……ッ!!!」
陸上での戦いにおいて、魔法の発動に詠唱と集中力を必要とする魔法使いは、本来ならば最後方に配置される兵種だ。
だが、人員を乗せたまま動くことの出来る艦隊戦闘にはその定石は当てはまらず、テミスは魔法使いたちを甲板に集める事によって、さながら無数の砲塔を備えた戦艦と化したのだ。
コルカ達が正体を現した事により、その事実に至ったロロニアは、ぎしりと固く歯を食いしばりながらも、船を繰る配下たちに命を下す。
「お頭ァッ!! 気付かれたッ!! 連中、回頭を始めやがったッ! 応撃がッ……!!」
「……テミス様っ!! そろそろこっちも届くよ!」
「まだだ。有利は背後から奇襲を仕掛けたこちらが取っている。一撃で沈めろッ!!」
「ッ……!! 了解ッ!! 聞いたね!? アンタ等! 気合入れなよッ!!」
「ハッ……!!!」
しかし、遮るものの少ない湖の上を疾駆するテミス達の存在に気が付いた敵が、ただ黙しているはずも無く。
統率こそ取れていないものの、島へと向けていた船首をテミス達へ向けるべく転回をはじめ、同時にビリビリと響く砲撃音が響くと共に、放たれた砲弾が水柱をあげる。
それでもまだ、テミスが攻撃の命令を下す事は無く、遥か彼方に豆粒ほどの大きさでしか見えていなかった敵の艦隊が、手のひらほどの大きさまでに近付いた頃。
「総員ッ!! 攻撃魔法ッ……!! 撃てェッ……!!!」
「――ッ!!!」
高らかにテミスの号令が響いた瞬間。
コルカたちは練り上げていた魔力を一気に開放し、それぞれに得意とする魔法を一斉に撃ち放った。
ある者は巨大な火球を。ある者は鋭い氷の杭を。またある者は無数の轢弾を。
一斉に放たれた魔法は色とりどりの光を放ちながら湖上を疾駆し、眼前に集う敵艦隊へ正確に着弾する。
「オォッ……!!」
「す……凄げぇ……!!」
「これが……魔法ッ……!!!」
魔法の直撃を受けた戦艦が大破し、ゆっくりと湖の底へと沈んでいくのを目の当たりにすると、甲板で作業に奔走していた船員たちは皆足を止め、驚きと畏敬の眼差しをコルカ達へ向けた。
だが……。
「チッ……!! 気ィ抜くなッ……!! まだだッ!!」
「っ……!!!」
ズドン! ズドンッ!! と。
再び砲撃の音が響き渡ると同時に、ロロニアの怒声が弛緩しかけた空気を裂く。
その警告は尤もで、コルカ達の魔法により数隻の戦艦を撃沈させることに成功はしたものの、未だに敵の船の多くは健在で、今もなお奇襲を仕掛けたロロニア達に牙を剥くべく鎌首をもたげるかのように、砲撃を行いながら回頭を続けている。
「よし! 取り舵一杯ッ!! 一旦離脱を――」
「――いや。そのまま前進だ。真正面から突っ込め」
強力な魔法による一撃離脱。
テミスの作戦をそう解釈したロロニアは、声を張り上げながら船を繰るべく操舵輪へと手を伸ばした。
だが、テミスはコツリコツリと音を立てながら甲板を船首の方へ向けて歩を進めると、悠然とした笑みを浮かべながらロロニアの指示を訂正する。
「ハァッ……!? 馬鹿を言うなッ!! 敵は最新の戦艦なんだぞ! 無理矢理に体当たりなんぞしたらこっちがバラバラに――ッ!! 至近弾ッ!!」
「…………」
「クッ……!! 見ろ! 敵の砲撃も精度が上がってきやがった! 離脱だ!!」
「指示に変更は無い。前進だ。船首を敵に向け続けろ。コルカたちは船体防御。敵の砲撃から船を守れ」
「ハハッ……!! 相変わらず無茶苦茶言ってくれるぜ……!! 任せなッ!! やってやるッ!!」
「なっ……!? あっ……!! オイッ!!!」
そんなテミスにロロニアは怒りと困惑に表情を歪めて声を荒げるが、テミスがそれに取り合う事は無く、淡々とした口調で指示を出すと、そのまま船首の方向へ向けて歩み去っていったのだった。




