1788話 最後の抵抗
一方その頃。
ロンヴァルディア側、対ヴェネルティ連合最前線・パラディウム砦。
多数の戦艦に島を完全に包囲されながらも、堅牢無比に造られたパラディウム砦は未だ陥落していなかった。
しかし、幾度目かの地上部隊の侵攻は退けたものの、艦砲射撃による絨毯砲撃に晒されており、陥落は時間の問題だった。
「ッ……!! お嬢様ァッ……!! 限界ですッ……!! 港は砦の地下から繋がる緊急用の隠し港以外は敵の制圧下に置かれ、敵の砲撃を止める術もありませんッ!! もう十分でございますッ!! どうか、どうかお逃げ下さいッ!!」
「もうしばらくであれば、食い止める事も叶いましょう!! 我々が盾となります故、その間にッ……!!」
ズズン……ドォン……!! と。腹の奥底に響く砲撃の音が響く中。広々とした指揮所に懇願の悲鳴が木霊する。
そこでは、将兵らしき男たちが、一風変わった軍装に身を包んだ少女に、揃って頭を垂れていた。
だが、少女は男たちの縋る声に言葉を返す事は無く、眉間に深い皺を刻みながら、思い悩むかのように固く目を瞑っている。
少女の名はユナリアス。蒼鱗騎士団を率いる団長であり、現在のパラディウム砦に置ける最高指揮官でもあった。
やがて、口々に告げられる声に少女は静かに目を開き、理知に満ちた穏やかな瞳で男たちを見据えて口を開く。
「…………。無理を言うな。仮に船へと逃れる事が叶ったとて、待ち受けていっるのはあの固く、強く、迅い戦艦共だ。我々の持つ船では、到底逃げ帰る事など叶うまい」
「グッ……ゥゥッ……!! でしたら……でしたら降伏をッ!! お嬢様のお命さえご無事であれば、我々はッ――」
「――戯けた事を抜かすなッ!! 私は誇り高きフォローダ公爵家の娘ッ!! たとえ敗北が揺るがずとも、降伏の恥辱に身を窶す事は無いッ!!」
「ですがッ……!!」
「くどいッ!! ……お前の気持ちには感謝する。だが、そう懸命に爪弾きにしてくれるな。敵は強大でこそあれど、我々とて何も備えをして来なかった訳ではない。この地で私たちが時間を稼げば、お父様が必ず……町を護ってくれる」
ユナリアスは懇願する部下達を一喝した後、柔らかな笑みを浮かべて礼を告げた。
彼等が臆病風に吹かれて、命惜しさから降伏などという言葉を口にしている訳でないというのは、誰よりもユナリアス自身が理解している。
それがたとえ、成功の望みが極めて薄い無謀な脱出作戦であっても、彼等は彼らなりに希望を繋ぐべく、こうして意見具申をしてくれているのだ。
しかし、ユナリアスは口が裂けても自分達が助かるなどと、ありもしない希望を騙る事はできず、一瞬だけ言葉を探して言い淀んだ後、微笑みを浮かべたまま激励を紡ぎ切った。
「ッ……!! うっ……ウゥッ……!! 申し訳……申し訳ありませんッ……!! 我らが……我らがもっと精強であればッ……!!」
「畜生ッ……!!! せめて……せめて迅い船さえあれば……!!」
「おいおい。何を泣いているんだお前達。私たちはまだ立っている。まだ戦える。そうだろう? 確かに戦況は絶望的だ。島は完全に包囲され、反抗すら満足にできない。そんな我々でも、町の皆の為に……フォローダの皆の為にできる事はまだあるッ!!」
途方もない絶望と恐怖に晒されながらも、ユナリアスは努めて明るい声で将兵たちを励まし、力強く拳を握り締めてみせる。
この島にまで率いてきた蒼鱗騎士団と、パラディウム砦の守備隊をかき集めたとて、残存戦力としては一個大隊にも満たないだろう。
対して敵の船団の数は百を超えており、勝ち目など万に一つも存在しない。
加えて、連中もこの島の重要性は理解しているらしく、戦力を島へ押し込んで尚、戦力を分割してフォローダへ攻め入ることなく、総力戦の構えを見せていた。
「ッ……!!!」
逃れ得ぬ敗北。
眼前の現実を直視した瞬間、ユナリアスは己が身を襲った途方もない恐怖にぶるりと身を震わせるが、ぎしりと歯を食いしばって、今にも泣き出してしまいそうな弱音を飲み込んだ。
もしも敵に捕らわれてしまえば、どのような目に遭わされるかなど想像に難くない。
たとえ死体と化していたとしても、フォローダ公爵家の一人娘であるユナリアスには、それだけでいかようにも利用価値が生まれてしまうだろう。
それだけはできない。
ならば、取り得る手など限られており、その先に待ち受けるのが見るも無残な死である事に変わりは無かった。
「ッ……!! きゃぁッ……!!!」
刻一刻と近付いて来る恐怖に、ユナリアスの呼吸が浅くなった瞬間。
砦全体が揺さぶられるほどの振動と共に轟音が響き、遠くから怒号と悲鳴が聞こえてくる。
どうやら、放たれた砲撃の一つが新たに砦のどこかへ着弾したらしい。
「ユナリアス様ァッ!!」
「被害状況はッ!?」
「東通路の一部が崩落! 混乱は起きているものの、今のところ被害は確認されていません!!」
「魔導障壁は!?」
「術師の数が足りず、全域展開は不可能! 魔石も残りわずかです!」
「ッ……!! まずいわね……。後どれだけ持たせられるかしら……」
飛び込んできた伝令の兵と言葉を交わしながら、ユナリアスはまるで坂道を転がり落ちていくかのように悪化していく戦況を前に、苦し気に言葉を漏らしたのだった。




