1786話 出航準備
テミス達への協力を決めてからのロロニアの行動は迅速だった。
周囲へ集う仲間達へ次々に声を掛けると、それぞれに役割を割り振っていく。
「それで? アンタらの数は何人だ? 船での戦いの経験がある奴は?」
「一個大隊に加えて二個中隊。少なくとも私が把握している中に、経験のある奴はいない」
「チッ……そのザマで戦闘は全てこちらで引き受けるなんざよく言えたものだな」
「ククッ……私の言葉に偽りはないさ。それに、船の装備も使う予定もない」
「……悪いが、流石にそこまでアンタを信用できねぇ。対艦戦闘員は連れて行かせて貰う。ウィル。準備しろ。それに、とてもじゃねぇが部屋が足りない。優雅な船旅は期待するなよ」
「構わんよ。戦いの手も借りる事が出来るのならば僥倖だ」
「ハン……調子の良い奴め」
一通りの指示を終えたロロニアがテミスを向き直って問いかけると、テミスは相も変わらず不敵な笑みを浮かべながら淡々と言葉を返した。
だが、その内容はロロニアにとって、不安が増大する要素しか含まれておらず、露骨に顔を顰めながら指示を追加してから、呆れた眼差しでテミスを見据えて腰を上げる。
そして、ロロニアがせせら笑いを浮かべながら、皮肉を叩き付けようとした時だった。
「まぁ良い。二時間後にはこっちの準備は整う。あとはアンタら――」
「――ならば待たせて貰うとしよう。それとも、準備を手伝ってやろうか? こちらはそろそろ集結が完了する頃だ」
「なッ……!?」
「お……お頭ァッ……!!! 表に……騎士共がッ……!!」
店の外から青い顔をした男が転がり込んでくると、悲鳴のような叫びをあげる。
その報せは紛れもなく、部隊をまとめたフリーディアが到着した合図で。
せせら笑いを浮かべていたロロニアの表情が一転、驚きの色に染まるのを眺めながら、テミスは身を翻しつつ皮肉を返す。
「ッ……!! お前等! 気合入れて準備しろ! 全員でだ!!」
「さて……では、私も出迎えるとするか」
ヒクヒクと頬を引き攣らせたロロニアが一喝すると、その場に残っていた者達が一斉に慌ただしく走り始める。
その只中を、テミスは悠然と歩き抜けて、部隊を連れて来たであろうフリーディアと合流するべく店の外へと歩み出た。
「っ……! テミス! 一応みんな連れて来たけれど、本当に――」
「――テミス様! 総員、集結完了しています! 我々だけなら、もっと早く到着できたのですが……」
「悪いけれど、人の話を途中で遮らないでくれる? まずは、部隊を率いる者として、細かな事を確認したいの」
「くふっ。お好きにしなさいな。どうせ無駄だと思うケド」
すると出迎えたのは、フリーディアとサキュドを先頭に毅然と整列した白翼騎士団と黒銀騎団の面々で。
尤も、今は全員が揃って白翼騎士団の制服を着用しているため、顔ぶれを良く知る者でなければ、両部隊の繋ぎ目は判らないであろうが……。
しかし、テミスの姿を認めた途端、駆け寄ったフリーディアの言葉を遮ってサキュドが口を開く。
それに応じて、怒りの表情を浮かべたフリーディアが丁寧な口調で苦言を呈するも、サキュドはクスクスと妖艶に笑いながら、その場でクルリクルリと身を翻した。
「サキュド。昂る気持ちは理解できるが、あまり煽り立ててやるな。だが、迅速な集結は素晴らしい。よくやった」
「はぁ~い。お褒めに与り光栄です」
そんなサキュドを、テミスは苦笑いを浮かべながら諫めた後、チラリと横目で自身の旗下の兵達へ視線を向けて称賛する。
テミスの対応は、傍らのフリーディアは不満気なものの、ペコリと頭を下げたサキュドをはじめとする黒銀騎団の面々の間に、どこか誇らし気な雰囲気が流れ始めた。
「はぁ……まぁ良いわ。確かに、あなた達の方が集合が早かったのは事実だものね。それでテミス? 首尾はどうだったの? その顔を見れば、だいたい予想は付くのだけれど」
「フッ……珍しく潔いな。無論、湖族たちの協力は取り付けた。出発は約二時間後。お前達の到着が間に合ったお陰で、連中の鼻を明かす事もできたぞ」
「っ~~!! 貴女はまた、そうやって諍いばかり……。せめてこっちにいる間は、もっと仲良く歩み寄る努力をして欲しいものだわ……」
その様子を見たフリーディアは、遂に諦めたかのように小さくため息を吐くと、淡々とした口調で話を進めた。
告げられた問いに対して、テミスは得意気に答えを返したのだが、フリーディアは頭痛を堪えるかの如く額に掌を当てると、呻くように言葉を漏らしたのだった。




