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168話 真実の決闘

「ッ……」


 ローブの魔族が翳した手に展開された魔法陣が、微かに息を呑む声と共に音も無く消え失せる。


「どうだ?」

「…………ハッ……」


 長い沈黙の後、ギルティアが静かに問いかける。すると、ローブの魔族は小さく頷き、その頭部が俯くように伏せられた。その様子は、どこか苦悩しているようにも見えた。


「何を迷う……言ったはずだ。お前は視たものをそのまま口にするだけで良い」

「……承知致しました」


 薄い笑みを浮かべたギルティアがそう告げると、ローブの魔族は重々しく口を開く。


「テミス様と対峙するドロシー様が視えました。そして……」


 しゃがれた男の声で発せられたその言葉が途切れ、生唾を飲み込むような音が静かな部屋に響き渡った。


「人間の男を庇うドロシー様がテミス様に捨て台詞を吐いて去っていきました。人間の男を連れて……」

「そうか」

「っ――!! 嘘よ! わざわざその女を庇い立てする必要は――」

「黙れドロシー」


 ドロシーが声を上げた瞬間、ギルティアがそれを諫める。すると彼女はびくりと肩を跳ねさせて押し黙った。


「私は言ったはずだ……テミスが人間の間者であるなどあり得ない……と。それでも尚、疑る気持ちは理解できる……故に、こうして貴様の事を庇い立てして来たのだがな」

「っ――まっ……間違いなくこの女は連中の放った刺客です!!」

「ならば何故、連中が優勢であったラズールに真っ先に駆け付け、ルギウスの窮地を救った?」

「それは――それは、我々の信用を得る為の作戦です!」

「その作戦とやらで、一時的とは言えテミスは力を失ったというのにか?」

「ですがっ――!」


 黙って状況を眺めるテミス達の前で、弁明を重ねるドロシーをギルティアが追い詰めていく。その様は非常に滑稽で、見ている者全てにドロシーの失脚を確信させていた。


「……だが、貴様とて私が認めた軍団長だ。この程度の事で失う訳にはいかん」

「――ではっ!!」


 そうギルティアが告げた途端、絶望に圧し潰されそうになっていたドロシーの顔が一気に輝いた。


「だがそれでは……テミス。お前は到底承服しないのだろうな」

「当り前だ。事実が明らかになった今、覇道を歩むと言うお前の取る道は一つだと思うが?」

「フム……そうだな。私が貴様たちに下す判断は変わらん」

「っ……!」


 テミスの言葉に、ギルティアが薄い笑みを浮かべて告げると、ドロシーを含むその場の面々は、自然に姿勢を正してギルティアの次の言葉を待った。


 テミスとドロシーの両方を取る事はできない。それは誰の目から見ても確実だった。何故なら、ドロシーはテミスの存在が気に入らず、テミスもまた、ドロシーが存在している事が許せない。両者が互いに憎み合っている以上、どちらか片方を選択せずして解決する道など存在しないのだ。


「……ギル――」

「――殺し合え」

「なっ……」


 終わりの無い闘争を止めるべく、リョースが声を上げようとした刹那。冷ややかに放たれたギルティアの言葉が、全員の背筋を凍り付かせた。


「互いに気に食わないのだろう? ならば、その機会を設けてやろう。遺恨など骨まで残さず、己の全てを賭して殺し合え」

「っ……! ギルティア様ッ!」

「これは決定事項だ。リョース。お前の言いたい事は理解しているつもりだがな……当人たちの顔を見て見ろ」

「っ……!」


 ギルティアがそう言いながらテミス達の方を顎で示すと、そこには、ギラギラと殺意をみなぎらせて睨み合う、二人の軍団長の姿があった。


「ドロシー」

「はい……」


 既に互いを睨み殺さんと無言で火花を散らす二人に歩み寄り、ギルティアがドロシーの名を呼ぶと、視線での戦いを即座に中止し、ドロシーは体ごとギルティアに向き直る。


「テミスに叛意があると言うのなら、お前がその手で裁いて見せろ。この戦いにお前が勝てばなるほど……奴は正義を為す為に我等と志を同じくした同士ではなく、人間共の汚い策略の手先だったのだろうな」

「っ――!! 仰せのままに! 必ずやこのドロシー……御身のご期待に沿って見せましょう」


 唇を吊り上げ、悪魔のような表情でギルティアが鼓舞すると、ドロシーはその表情を一層輝かせてひざまづき、誓いを立てた。


「テミス」

「……」


 続いて、ギルティアが名を呼ぶが、テミスは既に興味を失ったとでも言うかの如く、その言葉に反応を示さなかった。


「……お前が己が正義を貫くのであれば、ドロシーは討つべき悪だろう?」

「ああ。そうだな。だがな……ギルティア」

「……」


 明後日の方向を向いていたテミスが応じると、ギルティアは愉しそうな笑みを口元に浮かべてその目を見つめる。


「真実は明かされた。そうだな? 我等が正しかったのだ。魔導砲撃など存在せず、ドロシーがファントを攻めた。この事実は揺るぎはしまい?」

「ああ。そうだな」


 あっさりと。庇い立てしていたドロシーの目の前で、ギルティアは手のひらを返すようにテミスの言葉を肯定する。


「我々は真実をお前に説いてきた。だと言うのにお前は、立場に囚われてそれを聞き入れなかった訳だ」

「……何が言いたい?」

「この期に及んで、私自身がドロシーを始末するのであれば……それはお前の尻拭いでもあると言っているのだ。ギルティア」

「――っ!!!」


 バシリッ! と。その場の全員の耳が、まるでガラスにヒビが入るような音がしたかのように錯覚した。

 テミスが放った言葉はある意味での宣戦布告だった。魔王であるギルティアの不始末を咎め、まるでそれを非難するかの如く言葉を叩き付ける行為は、この場に居る誰もが予想すらしていない事だった。


「ククッ……」


 故に。


「アハハハハハハハッ!!! 良いぞ。面白い。確かにそうだ」


 テミスの言葉を聞いたギルティアは上機嫌に笑い声をあげ、大きく頷いた。


「我等魔王軍は貴様の言葉を蔑ろにした。それは事実だ。だが、今更第三者である我々が裁定を下した所でそれに意味はあるまい? ならば、何を望む?」

「――権利だ」


 ひとしきり笑い声をあげた後、ギルティアが問いかけると、大きく頬を吊り上げたテミスが、その顔を睨み上げて宣言した。


「我等十三軍団は急造の軍団。故に個々の強さはあれど数は少ない……」


 カッカッ……。と。音を立てて軍靴を踏み鳴らしながら、テミスはゆっくりとギルティアの前を往復し、言葉を続ける。


「故に、第一軍団を含む魔王軍全ての軍団から、私の望む兵を引き抜く権利を寄越せ」

「な……ぁっ――!?」

「良いだろう。貴様が勝利した暁には、自由に兵を引き抜く事を許してやる。だが、力ずくは認めんぞ?」

「無論だ」

「よろしい。ではここに、決闘が成立した! 存分に戦って見せろ!」


 フリーディアを含む全員が驚きの声を上げる中、テミスが一言頷くと、ギルティアの宣言が部屋の中に響き渡ったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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