1783話 無謀な秘策
「白翼騎士団単独での、パラティウム砦への救援作戦を提案します」
「なッ……!!?」
簡易的な戦略図を指差したテミスは、ノラシアスの目を真正面から見据えて凛とした声で意見具申を締めくくった。
その内容は、ノラシアスにとっても予想外であったらしく、唖然とした表情を浮かべて息を呑んでいる。
だがそれも無理はない話で。
最前線の戦況は酷く、たかだか一個部隊が救援に向かった所で、犠牲者を増やすだけで意味のない愚策なのは明白な道理なのだ。
「フゥ~ッ……。君の気持ちは嬉しく思うが、今は――」
「――慰めでこのような事を申し上げている訳ではありません。我々の戦力であれば、たとえ完全に包囲されていようとも敵陣に斬り込み、生存者を連れ帰る事は可能であると愚考します」
「っ……! ノラシアスおじ様。彼女の戦の腕は確かです。厳しいですが可能性はあるかと」
「ッ~~~!!! …………」
故に、ノラシアスは失望を感じさせる深いため息を零しながら口を開きかけるが、それを制してテミスは言葉を重ねると、チラリと背後のフリーディアへと視線を送った。
刹那。
フリーディアはピクリと肩を跳ねさせて顔を上げ、力の籠った言葉でテミスの意見を後押しした。
王女であり、ロンヴァルディア最強と名高い白翼騎士団を率いるフリーディアの口添え。
それはノラシアスにとってこれ以上ない程の確約だったらしく、ノラシアスはまるで葛藤するかのように額の前で手を組むと、黙り込んだまま顔を落とした。
「…………。しかし、船が……。今我々は動くことの出来る全ての船を防衛に出してしまっている。いくら君たちが精強でも、船が無くては戦場に赴く事すら出来まい」
「クス……問題ありません。船ならば私にちょうどいいアテがあります。狙っていた訳ではないのですが、つい先日に貸しを作ったばかりの相手が」
「なっ……!? まさか彼等を……!! 幾らなんでも無茶だ……! 報告では、敵の船団は多数の最新鋭艦を擁している……!! 彼等の旧式の船ではとても……!!」
「秘策があります。とっておきの。まぁ、公爵には幾ばくか目を瞑って黒き影を見逃して頂いた上で、戦後の政では手腕を振るっていただきたく思いますが」
「ッ……!!!」
とはいえ、テミスの案が無茶を通す策である事に変わりはなく、ノラシアスはまるで逃れるかのように次々と問題点を論っていく。
だが、ノラシアスの反論に対し、テミスは悠然とした笑みを浮かべながら、丁寧に逃げ道を潰していくが如く、その事如くを叩き潰した。
結局の所、テミスが問うているのはただ一つ。
一縷の望みに懸けて、娘であるユナリアスを助け出したいか否かというものだ。
尤も、そこにはいち早く敵の戦力を確認し、可能ならば幾ばくかの打撃を与える事で、少しでも戦況を優位にしておきたいという思惑もあったのだが……。
「……頼んでも。良いのか?」
「御心のままに。私は、ノラシアス殿の判断を尊重します」
「…………」
長い沈黙のあと。ノラシアスは伏せていた顔をゆっくりと上げると、潤んだ瞳でテミスへ問いかけた。
だが、テミスはその問いに是も否も返す事は無く。しかし白翼騎士団の一員としてではなく、テミス個人としての答えを返す。
戦況としては、防衛が正しい。
けれど正しさを排してでも、娘を救いたいのか?
言葉に込められた問いを、ノラシアスは正しく受け取ったらしく、再び視線を外して口を噤み、大きく息を吐いた。
そして。
「……ならば、これはけじめだ。貴女の名を……聞かせていただきたい」
大きく息を吸い込んだノラシアスは、意を決したようにテミスへ向き直ると、緊張を孕んだ厳格な声色で答えを返す。
そこには、並々ならぬ覚悟と、途方もない気高さが同居していて。
テミスは何処か嬉しそうに微笑みを漏らした後、数歩下がって姿勢を正し、ノラシアスの目を見て口を開く。
「私の名はテミス。戦火の再燃を断つ為、身勝手ながら助太刀させて貰う」
「もしやとは思っていたが……やはりッ……!! この地までも勇名を轟かせる貴女であれば或いは……。感謝する、テミス殿。どうかユナリアスを……娘をお頼み申し上げるッ!!」
「フッ……努力はしよう」
真の名を告げたテミスに対して、ノラシアスはくしゃりと表情を歪めて全身に力を籠めると、噛み締めるように言葉を震わせながら頭を下げた。
そんなノラシアスに、テミスは柔らかな微笑みを浮かべて頷くと、カツンと軍靴を鳴らして身を翻したのだった。




