1781話 暁の急報
ドンドンドンドンッ!!! と。
テミスが眠る客室のドアを激しく叩く音が鳴り響いたのは、空が白みはじめた頃だった。
だが、昨夜の大立ち回りの功績もあってか、豪華な食事と美味い酒を用意され、それを存分に楽しんだテミスは深い眠りの中に在り、天蓋付きの大きなベッドの中で穏やかな寝息を立て続けていた。
しかし……。
「起きてッ! ねぇってばッ!! ッ~~~!! ごめんッ!! 入るわッ……!!!」
「――ッ!!!」
くぐもったフリーディアの声と共に、ドアを叩く音は止まる事無く響き続けるも、数秒と経たぬ間に痺れを切らしたのか、ガチャリと音をたてて戸が開く。
そして、扉が開き切らぬうちに部屋へと飛び込んだフリーディアが、テミスが眠るベッドの傍らへと駆け寄った刹那。
深い眠りに落ちていた筈のテミスの目がギラリと見開き、不意の襲撃者へ向けて掛布団を蹴り上げると、身を翻して傍らの刀を取り上げた。
「わぷッ……!! 待って! テミス! 私よ! フリーディアッ!!」
「ッ……!! …………。……。あぁ……」
次の瞬間。
頭から未だ温もりが色濃く残る掛布団をかぶせられたフリーディアが、慌てて両手をあげて振りながら声を上げると、寝惚けた眼のまま中程まで刀を抜き放ちかけていたテミスの手がピタリと止まる。
そこからさらに数度。
テミスは、まるで未だ眠りの只中に在る脳味噌を叩き起こすかの如く瞬きをすると、ボソリと言葉を零しながら、抜き放ちかけた刀を鞘へと納めて不機嫌に言葉を続ける。
「何の用だ? その様子では、私の寝込みを襲いに来たという訳ではあるまい」
「冗談を言っている場合じゃないの!! とにかく支度を……って……」
しかし、口では不満を零しながらも、焦燥に駆られたフリーディアが口を開く頃には既に、テミスは寝間着を脱ぎ捨てており、ベッドの傍らに寄せられた椅子の背にかけられていた、白翼騎士団の制服へと着替え始めていた。
「っ……!! 今日はやけに早いのね……」
「見くびるな。戦の只中に在る国に出向いているのだ。敵襲に備えんわけがあるまい」
「ぁ……! うん……。そう……よね……」
「それで? 状況は? 他の連中の呼集は済んでいるのか?」
「えっと……敵襲は敵襲なのだけれど、この町自体が襲われている訳じゃなくて……。他の皆は、既にノラシアスおじさまが使用人を向かわせたと聞いているわ」
「……? 了解だ。ともあれ、今はほんの僅かばかりではあるが猶予がある。お前も身なりを整えておけ」
歯切れ悪く答えるフリーディアと言葉を交わしながら、テミスはテキパキと手際よく身支度を済ませていく。
同時に、ぼんやりとそれを眺めているフリーディアに向けて、部屋の隅に立て掛けられている姿見を示すと、クスリと不敵な笑みを浮かべた。
何故なら。
フリーディアも辛うじて白翼騎士団の制服を身に纏ってはいたものの、胸元が開いていたり襟や裾が整っていなかったりと、大慌てで支度を済ませたのが一目でわかる程度には服装が乱れていたのだ。
尤も、テミスがフリーディアに身支度を促したのは、恥じらいや規律といった観点では決して無く、有事の際に指揮官である彼女が乱れた服装をしていれば、旗下の兵が浮足立つという、極めて戦闘に偏った考えからなのだが。
だが、そんなやり取りを挟みこそしたものの、身支度を終えたテミスとフリーディアが、再びフォローダ公爵家の執務室の戸を叩いたのは、時間にしてテミスが目を覚ましてから五分ほどしか経っておらず。
未だ執務室の内からは、慌ただしく動き回る音が響いていた。
「失礼します。白翼騎士団・フリーディア、及びリヴィア。参りました!」
「……! 入ってくれ」
「ハッ……!」
フリーディアは背筋を正して呼吸を整えた後、凛とした声で到着を報せる。
そこには、つい先ほどまでの慌てふためいていたフリーディアの姿は無く、軍人然とした白翼騎士団団長としての彼女の姿があった。
それを見たテミスも、既に未だ知り得ぬ戦況へと巡らせていた思考を一度中断すると、自身も背筋を正して胸を張り、フリーディアの後に続いて執務室の戸を潜る。
「休んでいる所すまない。つい今しがたに急報が入ってね。ユナリアス指揮下の船が一隻戻ったのだが、どうやらパラティウム砦がヴェネルティ連合の急襲を受けていると報告を受けたのだ」
「それでおじ様ッ! ユナリアスはッ……!?」
「報告では健在との事。ただ、あの島の……パラティウム砦の指揮官が重症を負ったらしく、ユナリアスが指揮を執っているらしい」
「っ……!!」
「フム……」
厳しい表情を浮かべながらも、ノラシアスは手を止める事無く動かし続けており、友人が危機に瀕しているという報告を聞いたフリーディアの表情が焦りに歪む。
そんなフリーディアの傍らで、テミスはひと際冷静に自身の旗下であるサキュド達が逗留している宿までの距離を頭の中に思い描くと、部隊集結までの時間を計算していたのだった。




