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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第28章

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1778話 降伏の権利

 猿が知恵を付けると碌な事が無いな……。と。

 しんと静まり返った酒場の只中で、テミスはひとり胸の内でそうひとりごちる。

 降伏とは、戦士と、無辜の民にのみ許された権利だ。

 自身の財産も、平穏も、尊厳も全てかなぐり捨て、命だけは保証されるという最後の契約。

 だがそれすらも、受け入れる側にとって戦いを続けた事による犠牲や、消耗を抑制できるという対価が存在しなければ成立はしない。

 つまるところ。

 自身の欲望が赴くままに好き勝手な振る舞いに興じた獣にすら劣る畜生共が、やってきた到底敵わぬ相手を前に、ありもしない矮小な誇りを差し出すだけで、自身の罪が帳消しになるような免罪符ではないのだ。


「一応言っておくが、逃げた所で無駄だ。私に背を見せた瞬間に斬られると心得ろ」

「っ……!! んだよ……それッ……!!」

「自分達はこれだけの事をしでかしておいて、いざ危機に陥ったら容易く降参だなどと……図々しいとは思わんのか?」

「降伏するって言ってんのに……!! それでもまだ剣を抜くだなんて……お前それでも騎士かよッ!!」

「そ……そうだッ!! 戦いを徒に長引かせるは騎士の恥ッ!! 正道に反する愚行だろうッ!!!」


 腰の刀の鯉口を切り、凶悪な微笑みを浮かべながら告げるテミスに、蹴りを喰らった部下らしき男は、四肢を床につけたまま苦し気に歯噛みする。

 その弱々しい声を皮切りに、周囲で腰を浮かせかけていた彼等の仲間達も口々に声を上げはじめ、湧き始めた声は瞬く間に喧々囂々とテミスを非難する大合唱へと変わった。


「…………」

「本当にお前、俺達の誇り高きロンヴァルディアが誇る、あの白翼騎士団の騎士なのかよ!」

「恥を知れ! 恥を!! 負けを認めてやるって言ってるんだ!! 牢屋にでも何でもさっさと連れていけば良いだろッ!!」

「ククッ……。本当に……害虫(ムシ)というものは不快な音を発するな。今すぐに縊り殺したくなってしまう」


 ボソリ。と。

 嵐の如く降り注ぐ罵詈雑言を浴びながら、テミスは冷笑を浮かべていた口を固く食いしばって言葉を漏らす。

 だが、その声は周囲から降り注ぐ文句の嵐に溶けて消え、テミスが害虫(ムシ)と称した者達の耳に届く事は無かった。

 尤も。仮に届いていたとしても意味など無い事は、テミス自身が誰よりもよく知っていたのだが。

 それでも、酒場の中を瞬時に満たす程の不快な害虫の囀りは鬱陶しいことこの上なく、愚痴の一つでも零さなくては、とても平静など保ってはいられなかった。


「突っ立ってんじゃねぇよ!! クソ面白くねぇ! 終わりだ終わり!! お前がおっぱじめたんだから早く――」

「――馬鹿が」


 あまりの不快感に黙り込んだテミスを、自分達の紡ぐ『正論』に屈したと勘違いしたのだろう。

 まるで自分達こそ被害者で、テミスが面倒事を起こした張本人であるかの如く文句を垂れ流しながら、一人の男が荒々しく席を立って出口へと身を翻す。

 確かにこの場に居たのが、フリーディアやカルヴァスのような、誇りを重んじる心を持つ騎士だったならば。

 或いは彼等の暴挙を前にしても、怒りを飲み下して公正な裁きの場へと引っ立てたのやもしれない。

 だが、彼等にとって不運な事に。

 今、眼前で嗤っているのは、弱者を救う事を是とする白き騎士などでは無く。悪を挫き屠る事を是とする黒き守人で。

 愚かにも忠告を無視した男の背に向けて、吐き捨てるような侮蔑と共に、無慈悲な白刃が閃いた。


「ガッ――!!? ァ……なん……で……ッ……!!!」


 澄んだ風切り音が響いた直後。

 テミスに背を向けた男はビクリと身を震わせて足を止めると、驚愕の表情を浮かべてゆっくりと後ろを振り返りながら床に沈む。

 するとすぐに、派手に背を斬られた男の傷からは夥しい量の血が溢れ出し、酒場の床に血だまりを作った。


「こ……殺した……ッ……!! コイツ……本当に殺りやがったッッッ……!!」

「イカれてやがる……。絶対嘘だ……! こんなのが白翼だなんて……絶対ッ……!!」


 僅か一太刀で、怒りは恐怖へとすり替わり、逃げる事すら出来なくなった騎士達は、立ち竦んだままテミスを非難する言葉を吐き続ける。

 その言葉には、心の底から降伏した自分達に刃を向けるテミスが、許されざる悪党であると信じ切っている思いに満ち溢れていた。


「…………。ハァ……やれやれ……。参ったな。愚鈍にも程があるだろう」


 眼前で実際に被害者を出して尚、未だ動こうともしない騎士達に、テミスは呆れて深いため息を吐くと、ゆらりと誇示するように抜き放った刀を肩に担ぐ。

 この時には最早既にテミスの胸の内には怒りは無く、一抹の憐れみと途方もない呆れに満ち満ちていた。

 とはいえ、それが悪徳を働いた彼等を五体満足で帰してやる理由となるはずも無く。


「久々に潰し甲斐のある悪党かと思えば、盗賊にも劣る糞共とはな……。興覚めだ」


 怯える騎士達を前に、テミスは子供が興味を失った玩具へと向けるような冷たい表情を浮かべた後。

 無抵抗に、或いは破れかぶれに反撃を試みる騎士達を、ただ淡々と斬っていったのだった。

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