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167話 犬猿の争い

 どうしてこうなったの……?

 数日後。フリーディアは圧倒的な緊張感の中で痛む胃を押さえていた。目の前では、互いを睨み殺さんと言わんばかりに火花を散らすテミスとドロシーが口争を繰り広げている。更にその奥では、魔王ギルティアと軍団長リョースが何とも言えない表情でその様子を見守っていた。


「うぅっ……」


 つくづく思う。どうして私がここに居るのかと。


「だ~か~ら~!! 私達が戦い始めた途端に兵を引き上げるのが反逆の証拠だって言ってんのよ!」

「知らんな。お前が連れてきた敵なのだから、お前が始末するのが道理であろう? それとも何か? お前が差し向けた人間達は、私の手を借りなければならない程に強かったのか?」

「ばっかじゃないの? 私が連れてきた? 私はわざわざアンタ等を助けに行ったんでしょうが! 白翼の団長まで侍らせてよくぞまあ言えたものね!」

「お前がライゼルを救った時に私に言った台詞は何だったかな? 確か、私が絶望に泣き喚く姿が楽しみだ……だとか何とか。さて……楽しめているか?」

「ハッ……随分と話を作るのが達者のようね。私は、ギルティア様の勅命で救援に向かったんですが?」

「やれやれ……魔王と言う後ろ盾を得て調子に乗っているようだが、お前のような見下げ果てた屑が、タダで飼って貰えるつもりで居るのか? お笑いだな」

「何っ……誰が見下げ果てた屑よ! その言葉をそのままお返しするわッ!」


 冷ややかな目線を浴びせる3人の前で、テミスとドロシーの口論はどんどんと激化していった。そんな中、音も無く立ち上がったギルティアが傍らのリョースに何やら囁き、それに頷いたリョースが部屋を後にした。


「……フリーディア……だったな?」

「っ!? え、えぇ。まぁ……」


 立ち上がったギルティアが近付いて静かに声をかけると、フリーディアはびくりと肩を振るわせた後、傍らに立つギルティアを見上げて頷いた。


「気にするな。楽にしていい。お前にはこの戦いを見届ける権利がある」

「えっ……?」

「勿論……その為に少しばかりの協力はして貰うがな。魔王の名の元に、身の安全は保証しよう」

「っ……」


 ごくり。と。その言葉を聞いたフリーディアが喉を鳴らした。

 今、この男は、敵である私に対して、自らの名の元に保護を宣言したのだ。それに対する対価など、考えたくも無いけれど……。


「しかし……ククッ……こうして眺めていると面白いな。今に殺し合いでも始めそうではないか」

「……冗談で済めばいいのですけれどね」


 フリーディアは微かに肩の力を抜くと、呆れたような半眼をギルティアに向けた。彼の逆鱗に触れれば消し飛ぶ命だとしても、フリーディアの人間としての……騎士としての矜持が媚びへつらう事を拒絶したのだ。


「済むとも」

「っ……」


 そんな、皮肉にも聞こえるフリーディアの言葉に、ギルティアは余裕の笑みを浮かべて断言した。


「ドロシーには私が庇い立てをしているという事実があり、それが奴に、自分が圧倒的に優位な立場に居ると言う認識を持たせている」

「暴力に訴える必要が無い……と?」

「そうだ。存外聡いな。テミスが苦労する訳だ……。そして、テミスが剣を抜く人用が無い理由は、お前が一番良く知っていると思うが?」

「……なるほど。やはりあなたは魔王であり悪魔ですね」

「ハハハハッ! そう褒めるな」


 フリーディアが戦慄を覚えながら返すと、ギルティアは上機嫌に高笑いをする。

 ――本当に……。本当に自分達は、あのテミス達すら掌の上で躍らせて笑うこの男に、打ち勝つことができるのだろうか? そんな思いが、フリーディアの胸中に湧き出てくる。


「むっ……来たか」


 ピクリ。と。ギルティアがその長い耳を動かすと同時に、リョースが黒いローブを纏った者を従えて部屋に戻ってくる。心なしか、その黒いローブの端が血濡れているのは気のせいだろうか……?


「もう良い。黙れッ!!!」

「っ!!」

「……」


 ギルティアが一喝し、怒鳴り声を上げていたテミスとドロシーがピタリと静まり返る。するとその反動か、耳がおかしくなったのかと思う程の静寂が部屋を包み込んだ。


「口論を重ねた所で、真実など見えて来ん」

「だろうな? お前がそれを覆い隠しているのだから」

「このッ……ギルティア様に何て口をッ――」

「――私は。黙れと言ったのだが?」

「――っ!!」


 皮肉を叩き付けたテミスにドロシーが食って掛かると、静かな声でギルティアがそれを制した。その言葉を受けたドロシーはまるで叱責を受けた子供のように肩を振るわせて口を噤む。


「さて……テミスよ」

「何だ? 正直、私はお前に失望しているのだがな」

「フッ……まぁ、話は最後まで聞け」


 目を剥くドロシーの前でテミスが更に皮肉を重ねると、頬を緩めたギルティアが楽し気な声で言葉を続ける。


「プルガルドの一件以降、ドロシーや他の軍団長達から、お前の叛意を疑う声が出ていてな」

「それで? 私はお前と共闘関係にはあるが、主従を結んだ覚えは無いぞ?」

「ああ。その通りだとも。だが同胞として……我らの身を案じた者の進言を無下にはできんだろう?」

「だから、私に煮え湯を飲めと?」

「クククッ……馬鹿を言うな。素晴らしき同胞であるお前に、そのような真似をするものか……。リョース!」

「ハッ……」


 ギルティアがその唇を大きく歪めて呼びかけると、首を垂れたリョースがローブの魔族と共に前へと進み出る。


「この者は、我が魔王軍で尋問官を務める男でな」

「尋問官だと……?」

「ああ。心を覗く魔術を扱い、情報を引き出す専門家だ」


 ギルティアがそう告げると、ローブの魔族が更に前へと進み出て、深々と腰を折り曲げて一礼した。


「……それ(・・)を、誰に使うつもりだ?」


 テミスがギルティアを睨み付けてそう問いかけると、その右手がピクリと跳ねる。その動きは、まるで反射的に剣の柄へと走りかけた手を、無理矢理押し留めたかのような動きだった。


「……構わんな?」

「っ……そう言う……事ですか……」


 テミスの問いに、ギルティアがチラリとフリーディアに目線を走らせて問いかける。この男の言う、『協力』とはこの事だったのだ。


「……良いでしょう。『魔王』としての貴方の誇りを信じましょう」

「っ!? フリーディアッ!?」


 若干の葛藤の後、フリーディアがローブの男へと一歩歩み出ると、焦りを帯びたテミスの声が部屋に響く。


「急くなテミス。おい……」


 ギルティアは完全に剣の柄に手をかけたテミスを言葉で留めさせると、ローブの魔族をギラリと睨み付けて語気を強めた。


「私はこの者に、魔王として身の安全を保障した。この意味が解るな?」

「――っ!! ハッ……!」


 ローブの魔族はひざまづき、平伏するとローブに遮られてくぐもった声で返事をする。その声には、少なくない驚きが含まれていた。


「何が見えたとしても、それそのまま私に伝えろ。嘘偽りは一切許さん。仮にそれが、私の存在を揺るがしかねん真実だったとしてもだ」

「……仰せのままに」

「では、始めろ」


 ローブの魔族と会話を終えたギルティアが身を引くと、フリーディアが入れ違うようにローブの魔族の前へと歩み出る。そして、テミスが声を上げる間もなく、ローブの男の掌に魔法陣が浮かび上がり、差し出されたフリーディアの額に翳されたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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