1771話 貴族の機微
屋敷の中へと通された『白翼騎士団』の一行は、そのまま大きな食堂へと通され、それぞれに出された飲み物や軽食を口にしながら、穏やかな時間を過ごしていた。
対して、テミスとフリーディアはノラシアスによって別室へと呼び出され、厳かな雰囲気で向かい合っている。
尤も、ノラシアスから呼び出されたのは、白翼騎士団の長であるフリーディアとその補佐官なので、本来であればテミスがこの場に居る筈ではない。
しかし、恐らくは協力者であるテミスへ気を使ったのだろう、執事に呼び出された際、即座にフリーディア自身が促したため、期せずしてテミスはこの場に立ち会う羽目になっていた。
「……飲まないのかね? 中々に美味いぞ? 北方から取り寄せた珍しい茶葉なのだ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、戴きます」
「…………」
眼前で湯気をあげるティーカップには、出迎えの際に共に居た執事が淹れた紅茶が注がれており、ノラシアスに勧められたフリーディアは笑顔で礼を告げると共に、優美な所作で口元へと運ぶ。
だが、傍らに座ったテミスが動く事は無く、穏やかな表情を浮かべながらも、自身から目を離さないノラシアスの意図を掴みかねていた。
「君も、遠慮などしなくて良い」
「っ……! いえ……私は本来であれば、お二方と同席させていただけるような立場の者ではありませんので……!!」
「今は立場など気にする事は無い。何より、折角出した茶なのだ。飲まれずに捨てられては浮かばれまい」
「…………。ご配慮、痛み入ります。謹んで戴きます」
そんなテミスに追い打ちをかけるように、ノラシアスは穏やかな口調でテミスに茶を勧め、これ以上の固辞は無駄な波風を立てると判断したテミスは、そろりと静かに手を伸ばす。
酒に酔う事すらできない体質なのだ。今更毒を盛られた所で大した問題はないだろう。
とはいえ、ノラシアスが自分を警戒している事を間違い無く、場当たり的に扮する事となってしまった白翼騎士団の一員では、いつボロが出るかわからない危うさがあった。
「さて……本題に入る前に、まずは自己紹介といこう。初めて見る子も居る事だからね。私はこのフォローダの町を治めるフォローダ公爵家が当主、ノラシアス・フォローダと言う」
「ノラシアスおじ様。彼女は――」
「――私は! 故あってフリーディア様にご助力しております、リヴィアと申します」
しかし、まるでテミスの胸の内を見抜いた居るかの如く、ノラシアスは小さく息を付いた後、流れるような自然さで急所へと斬り込んでくる。
それに対し、フリーディアは穏やかな微笑みを真面目なものへと変えると、決意を感じさせる口調で口を開いた。
故に。テミスは咄嗟に声を上げてフリーディアを制すると、ひとくちだけ口をつけたティーカップを戻してから、偽りの名を名乗りながら恭しく頭を下げた。
「っ……!」
「フゥム……? よろしく頼む。白翼騎士団の副長はカルヴァス君だと聞いていたものだから、少し驚いてしまってね」
「おそらくですが、客将扱いの私にフリーディア様が気を遣って下さったのでしょう。正直に申し上げますと、彼等の輪の中にはいまだ馴染めておりませんので」
「そうか……。私はてっきり、噂に伝え聞くかの融和都市を治める死神が訪れたのかと思ったのだが……。おっと、気を悪くしたらすまない。伝え聞く彼女の容姿と君の姿があまりにも似ているものだからつい……ね」
「いえ……。気にしておりません。良く言われますので。それに……」
ピクリと肩を跳ねさせたフリーディアの傍らで、テミスは努めて友好的な笑顔を浮かべると、どこか気迫の増したノラシアスと会話を続ける。
けれど、ファントから見て後方地域の領主とはいえ、流石は公爵家の主というべきか、どうやら隠すまでもなくノラシアスには正体を見破られているらしい。
尤も、かまをかけているだけかもしれないが、ひとまずここは明確に敵ではない事を示しておく必要があるだろう。
そう判断したテミスは、意味あり気に言葉を切ると、意識的に浮かべていた人良い笑みの仮面を脱ぎ去り、不敵な笑みへと変えて言葉を続けた。
「対外的にも、我々も白翼騎士団であった方が、お互い都合が良いでしょう。無論、我々も目指す所はフリーディア様と同じ。必ずや、お力になれると確信しております」
「……なるほど。理解した。確かにその通りだとも。君の配慮に感謝する」
テミスが、言外の意味をふんだんに込めた言い回しでそう締めくくると、僅かに目を見開いたノラシアスはすぐに言葉を返す事無く黙り込んだ。
それによって、訪れた沈黙は途方もない緊張感を帯びていたものの、ノラシアスはテミスが言葉に込めた真の意味まで受け取ったようで、深く頷くとテミスの目を見据えて礼を述べる。
「ハァ……二人共、私から見るともどかしくて仕方が無いわね……」
「はっはっは……! フリーディア様のお立場からすると、確かにそうかもしれませんなぁ!!」
「そういうものですよ。誰も見ていないからといって詰めを怠れば、そこから綻ばないとも限りませんので。ねぇ? フリーディア様」
そんな二人に、傍らでただ様子を見守っていたフリーディアが溜息を零すと、ノラシアスが響かせた高らかな笑い声を切り裂いて、笑顔を浮かべたテミスは力を込めてフリーディアの名を呼んだのだった。




