1768話 戦況報告
少しばかり刺激的な挨拶を終えた後、ブライトから語り聞かされた戦況は、テミスの予想以上にロンヴァルディアが奮戦を見せていた。
曰く、冒険者将校を含むロンヴァルディア正規軍は今もなお再建中だが、奇しくもヴェネルティ連邦の方面には貴族の子息女が多く配属されていたらしい。
その理由は明白で。魔王軍との戦闘に巻き込まれる心配のない後方地域での軍務ならば、自分達の子供が安全だとでも考えたのだろう。
そんな、『子煩悩』な貴族たちが今回の一件で動かないはずも無く、現地の兵を引き上げる事が叶わず、かつ正規軍も動く事ができないと判った途端に、各々で冒険者を雇ったり、私兵を差し向けるなどして援軍を送り出したのだという。
「……そうなると、現地の兵の質に期待はできんな」
「否やと言いたい所だが、否定できないのが現実だ。だが、現地の指揮を取り仕切っているユナリアス率いる蒼鱗騎士団は別だ」
「っ……!?」
「確かに……未だに陥落の報が無い事を考えれば、かき集めた寄せ集めの有象無象共を指揮して、さぞ涙ぐましいばかりの奮戦をしているのだろう」
ブライトはそう言うものの、テミスはこの時点で、話を聞いた限りでは蒼鱗騎士団とやらも、あまり戦力の当てにはならないと断じていた。
聞けば、件の貴族の箱入りたちも、所属は蒼鱗騎士団だという。
ならばその練度においても察するに余りがあり、たとえ一部の優れた者達が居たとしても、体よく盾代わりに使われているのがオチだろう。
「ハァ……やれやれ。話を聞いて早々だが、帰りたくなってきた。現地の兵はアテにならず、このままではどう見ても陥落は時間の問題だ。いっそのこと、いちど町を陥落させて陸戦に持ち込んだ方がやり易いとまで思える」
「駄目よッ!!」
「……と。お前ならば言うだろうな」
「っ~~~~」
皮肉気に嘯いたテミスに、フリーディアは弾かれたかのように甲高い叫びをあげて抗議する。
だが、それを予測していたテミスは、既にフリーディアに向けられている自らの耳を覆っており、その傍らで絶叫の餌食となったサキュドは、忌々し気にフリーディアを睨み付けた。
「それに、蒼鱗騎士団は十分に戦力として見るべきよ!」
「ホォ……? やけに過激な物言いだな。フム……先ほどの反応といい、そのユナリアスとやらはお前の知り合いか?」
「ッ……!! それ……は……ッ!!」
「学生時代の同輩だ。成績はフリーディアに次いで次席。そこのクラウスに指南を受けた事もある」
「ちょっと……!! 何を勝手に人の事を――ッ!!」
「――現地の将兵に関する情報だ。友軍であるテミス殿には、正確に共有すべきだ」
「フッ……」
淡々と事務的な態度で口を挟んだブライトに、フリーディアは顔を赤く上気させて猛抗議をする。
その様子を眺めながら、テミスはクスリと小さな笑みを浮かべ、顎へ静かに手を当てて思考を巡らせた。
しかし、テミスとしてもこの情報は有り難いもので。僅かばかりではあるものの、一筋の希望が見えてきた気がした。
「……確認だ。ユナリアス……だったか、フリーディアの同輩は高位貴族か?」
「流石に察しが良い。王族に次ぐフォローダ公爵家の一人娘だ」
「フォローダ公爵家……なるほど。つまりは、自身の所領を守護する騎士団を率いているという事か」
「あぁ。フォローダ公爵、つまりは彼女の父親たっての強い希望での配属だ。軍籍自体はロンヴァルディア正規軍扱いだがな」
「一つだけ勘違いしないで。テミス。ユナリアスは最後まで嫌がっていたわ」
「そうか」
テミスの問いに、ブライトが微笑みを浮かべて返すと、フリーディアは酷く不満気に唇を尖らせながら言葉を添える。
だが、テミスはただ短く言葉を返しただけで、再び意識を思考へと向けた。
同時に、テミスが視線を向けた先の地図に描かれた、巨大な湖のほとりに存在する大きな町の名はフォローダ。つまるところ、守るべき町は彼の公爵家にとっての心臓に等しい町であり、一時的にでも明け渡すという選択は無いのだ。
学生時代の主席と次席の仲なのだ。フリーディアとユナリアスには浅からぬ面識があり、友人関係か……はたまた好敵手といった所なのだろう。
ならば、ユナリアスの率いる蒼鱗騎士団は言うなれば、配されている兵の質は兎も角として、白翼騎士団と似た側面を持っているのは間違い無い。
少なくとも、王族に次ぐ権力を持つ公爵の元で、その一人娘を犠牲にして戦場から逃げ出そうなどと考える阿呆は、そう多くは無い筈だ。
恐らくではあるが、現在までフォローダの町が陥落する事無く持ち堪えているのは、その辺りの事情もあるのだろう。
「……よし。何はともあれ、準備が整い次第向かうとしよう」
「ならば、私からフォローダ公爵宛てに書状も用意しておく。王宮からの勅命状だ。ある程度の保証にはなる筈だ」
「フリーディア。任せるぞ」
「それくらい自分で……って、ハァ……。良いわ。私が預かります」
現地の情報を把握したテミスは、パチンと手を叩いて思考を打ち切ると、早々に身を翻して歩き出した。
その背に、ブライトが真面目な声色で声を掛けるも、テミスはただヒラヒラと手を振って応えただけで、サキュドを連れて立ち去っていく。
そんなテミスに、フリーディアは呆れたようにため息を吐くと、肩をすくめて苦笑いを浮かべるブライトに、冷たい声色を向けたのだった。




