1767話 頂く者の資質
その瞳は、溢れんばかりの責務と、一抹の恐怖で揺れていた。
国という名の巨大な怪物を御し、数多の民草の命運をその双肩に背負った王。
性質こそ違えど、ヤタロウやギルティアと同じ種類の瞳が、まるで射抜かんとしているかのように、真っ向からテミスを見据えている。
対して。テミスは口を開く事無くその場で静かに立ち上がると、フリーディアを伴ったブライトが己が前へ辿り着くのを待った。
決して謙らず、務めて悠然と、涼し気な微笑みすら浮かべて。
「……話は、全てフリーディアから聞いた。よもや、貴殿が我が国の救援に赴いてくれるとは」
「こちらにも利のある話だと判断したまでだ。絆された訳ではない。強いて言うのならば……私がこの場に居るのは、フリーディアの支払った対価のお陰さ」
テミスの前に辿り着いたブライトが口火を切ると、テミスは早速とばかりに牽制を放った。
この場には救援のために来たとはいえ、ロンヴァルディアとは共闘の約束をしたわけでも何でもない。
つまり、対等の立場で肩を並べるのか、はたまたロンヴァルディアがファントを従える形か、若しくはその逆か……。同じ共闘をするにしても、その意味は大きく異なり、この交渉で全てが決まる。
加えて、こういった類の交渉事が得意なフリーディアは、この一件に関しては完全にロンヴァルディアの肩を持つだろう。
なればこそ、たとえ不得手な腹芸であったとしても、対等以上の関係を勝ち取る必要がある。
少なくとも、テミスはそう思っていたのだが……。
「っ……!! ッ……。改めて私からも感謝を。全てが終わった暁には、国威にかけて必ずや謝礼をお支払いする」
「フッ……なるほど……」
堅苦しい言葉を並べながら深々と頭を下げたブライトに、テミスは内心で感心しながら薄い笑みを浮かべた。
フリーディアの支払った対価という言葉に、ブライトは僅かに反応を見せたものの、以前に相まみえた時とはまるで別人のようなしおらしさでテミスへ頭を下げる。
どうやら、認識を改める必要があるらしい。
しばらく頭を下げ続けた後、ゆっくりと身を起こすブライトを見つめながら、テミスは内心でそう呟いた。
窮地に立たされたロンヴァルディアに、ファント……テミスたち黒銀騎団が手を貸す。
言うなれば、今この瞬間にファント上位の共闘関係が成り立ったのだ。
とはいえ、それは表面的なものの話。
ブライトは謝礼を支払うと宣言する事で、徒に借りを作る訳ではなく、この関係性を一回きりのものと定めてみせた。
自身が救われる立場に在る事は揺るがぬ故に、自らは下手に出ながらも、殆ど対等な協力関係を構築する……その政治的手腕には目を見張るものがあった。
「……? 何か……?」
「いや……? いつだったか、フリーディアが頑なにお前を殺すべきではないと譲らなかった意味が分かった気がしてな。どうやら私は、お前という男を相当に見くびっていたらしい」
「……!」
「…………」
偽る事のない掛け値なしの賛辞に、ブライトは驚いたかのように目を見開くと、僅かにその目を潤ませた。
同時に、背後からはクラウスのものと思われる穏やかな息遣いが聞こえてきて、テミスは自身が何気なく放った言葉がもたらした影響の大きさに、密かに息を呑んだ。
「……とはいえ、お前がしでかした事を赦すつもりはない。ただ……私が個人的に、お前の評価を改めたというだけだ」
「その言葉は嬉しい限りだが、見くびったままで構わない。私は貴殿の言う通り、国を導く者として大きな過ちを犯した男だ。此度の一件も、元を正せば私の過ちが招いたもの」
「その通りよ。けれど、あの戦いが無ければきっと、私たちが……魔王軍と、ファントとロンヴァルディアが、今の形になる事は無かったわ」
「差し出がましいようですが、今は過去の過ちを見つめるよりも、心強き友軍と共に未来を見据えるべき時かと」
「っ……!! ウム……そう、だな……そうだったな」
「クス……では早速だが、実務的な話に移ろう。こちらで把握している限りで構わない。現状を教えてくれ」
一通りのやり取りを終えた後、昏い笑みを浮かべて自嘲するブライトを、フリーディアとクラウスの助言が支える。
その様子には、彼には彼の戦いがあった様子を窺わせたが、テミスはただ小さく肩を竦めただけでそれを問う事は無かった。
ともあれ、ブライトがテミスの認識していた以上にまともそうである事は、この先肩を並べてヴェネルティ連合と相対するうえで嬉しい誤算だ。
そんな思いを胸の内で抱きながら、テミスは不敵な笑みを浮かべると、話を先に促したのだった。




