1766話 剣戟の先の景色
「一体これは……どういう事だッ!!? 釈明……ンゴホンッ!! 説明して貰うぞ! 今ッ!! すぐにッ!!」
案内された部屋の内へと足を踏み入れた途端、ブライトの怒声が挨拶もなしにテミス達を出迎える。
その剣幕は傍らのテミスですら肌がピりつく程の凄まじいもので。
それほどまでの怒りに晒されていようとも、一瞬だけフリーディアが傍らに連れているテミス達に視線を向け、すんでの所で失言を避けたのは勲章モノと言うべきだろう。
「お久しぶりです。ブライト執務代行。説明と言われましても……先だって兵を通じてお伝えした通り、融和都市ファントからの援軍です。ヴェネルティ連合から宣戦布告を受けたとお聞きしましたので」
「ッ~~~!!!! …………。スゥ~……ハァ……。あ~……お呼び立てをしておいて大変心苦しい限りなのですが、テミス殿……。少々お時間を頂戴しても構いませんか?」
怒り心頭といった様子のブライトに、フリーディアはにっこりと笑顔を浮かべて応ずると、傍らで聞いているテミスですら厚かましさを覚えるほどの弁舌で答えを返した。
そんなフリーディアに、ブライトは一瞬で湯が沸いたかの如く顔を赤くするが、数秒間ぶるぶると震えながらも堪えた後、様々な感情が入り混じった笑顔を浮かべてテミスへと視線を向けると、感情を押し殺し切れていないながらも平坦な声で問いかける。
「フッ……構わん。好きに話し合え。だが、手短にな。知っての通り、私の気は短い」
「ゴクッ……!!! か……感謝しますよ。クラウス。頼む」
「畏まりました。さ……テミス様、サキュド様、ひとまずこちらへどうぞ」
「ッ……!!」
ブライトの内心を察して余りあるテミスは、その問いにクスリと笑みを浮かべて頷きを返すと、言葉尻にフリーディアへの援護射撃を添えて壁際へと足を向けた。
その答えに、ブライトは大きく生唾を呑んで引き攣った笑みを浮かべた後、パシリと手を叩いていつか見た老執事を呼び寄せる。
瞬間。
ゆらりと執事服に身を包んだクラウスがテミス達の前へと進み出ると、何処からともなく設えてみせた二脚の椅子へと二人を誘った。
卓越したクラウスの身のこなしを察知したサキュドが、ピクリと警戒態勢に入るのを横目で眺めながら、テミスは涼やかな微笑みを浮かべてクラウスに従う。
「……久しいな。壮健なようで何よりだ」
「ホホッ……! テミス様こそ、ますます精強になられたようで」
「流石の慧眼だな。こうして再開できたのも何かの縁、ここは稽古の一つでもつけて貰いたい所だが……」
「万に一つではありますが。もしもお帰りを願う折には、この老骨でよろしければ、フリーディア様の我儘にお付き合いいただいた謝礼代わりに、幾らでもお手合わせいたしましょう」
「クハッ……!! 流石の手腕だ。一手取られたよ」
「恐縮です」
示された椅子へと腰かけながら、傍らに控えたクラウスへ語り掛けたテミスは、快活な笑い声をあげると小さく肩をすくめてみせる。
ただの軽口のつもりではあったものの、流石はフリーディアを育て上げた男というべきか。
この短い間で、フリーディア達の思惑如何に関わらず、テミス達という強力な戦力をロンヴァルディアに繋ぎ止めてみせたのだ。
「それで……戦況は? 恐らく厳しい状況であろう事は、フリーディアの奴から聞いているが」
「フゥム……果たして私がそれを申し上げて良いものか……。非常に判断に困りますな」
そのまま足を組んだテミスは、喧々囂々と言葉を交わすブライトとフリーディアを眺めながら、のんびりとした口調でクラウスに問いを放つ。
一応、テミス達とてロンヴァルディアに力を貸す気で来ているのだ、ブライトの心労や怒りは察するに余りあるし、同情の余地は十二分に存在するものの、情報を仕入れておく必要はある。
しかし、恐らくはそんなテミスの心中をも見抜いているであろうクラウスは、チラリとテミスが視線を向ける先へと目を向けた後、柔らかな声で問いを躱してみせた。
その辺りは、フリーディアと浅からぬ仲である男の腕という事なのだろう、どうやらこの手の腹芸では数枚も上手らしい。
見事に当たり障りのない答えで、自身の問いを煙に巻いてみせたクラウスに、テミスは早々に情報戦を諦めると、方針をがらりと変えて口を開く。
「そう心配せずともフリーディアの事だ、今更お前達がどう足掻いた所で、自分の望み通りの結果をもぎ取って来るさ。実は私もそのクチだ」
「……で、ありましょうな。実を言いますと私としても、貴女様がいらっしゃった事は少しばかり驚きました」
「やれやれ。あんまりな言い方じゃないか? これでも一応、貴国の心配をして駆け付けているのだぞ? 私は」
「ははは……ご冗談を。ですが……テミス様ほどの御方が参じて下さったのは、我々にとって福音に等しいのは事実。そのお心の内に如何なる思惑がありましょうと、今はただ感謝を」
一転して、テミスは小さく両手を挙げて降参のポーズを取ると、今度はただひたすらに事実を述べてみせた。
そんなテミスに、クラウスは柔和な笑みで応ずると、牽制の意図が込められた言葉こそ添えられてはいたものの、感謝の言葉と共に深々と頭を下げてみせる。
「参ったね。半分くらいは本心だというのに。信じて貰えないのは日ごろの行いか」
「いえ。勿論存じておりますとも。融和都市を守護する観点としても、最善手であるのは間違い無いかと、この老骨も愚考いたします」
「まぁ、その最善手が打てるか否かも、今はお宅の姫君の双肩にかかっている訳だが……」
「そう言っている間に、どうやら決着が付いたようですな」
皮肉気な笑みを浮かべて嘯くテミスに、深慮を思わせる微笑みを浮かべたクラウスは静かに頭を上げると、ゆっくりとした動きで頷いてみせる。
そして、変わらない調子でテミスが軽口を叩いた時。
静かな声でクラウスが告げると同時に、喧々囂々と話し合っていたフリーディアとブライトが、同時にテミス達の方へと身体を向けたのだった。




