1765話 かつての敵国の中心で
人間領・王都ロンヴァルディア。
長く魔王軍との最前線であったロンヴァルディアは、フリーディアがテミス達を連れて帰参した事で、凄まじいまでの騒ぎとなっていた。
各種記者は王城の前に集って声を張り上げ、小賢しい者は方々にある騎士団の詰所まで押しかける始末。
即座にフリーディアにはテミスを伴って王城までの出頭命令が発され、テミスと副官であるが故に頑として同行を譲らなかったサキュド、そしてフリーディアはロンヴァルディア王城へと招かれていた。
「フム……やはり魔王城とはいささか趣向が異なる造りをしている。これが文化の違いというヤツか」
「人間って、ホントこういうの好きですよねぇ。弱っちい癖にやたらと強く見せようとして、大きくて重たい甲冑を身に着けてみたり……。見てくれに大した意味なんて無いのに」
「ッ……!!!!」
「ただ戦うだけの貴女らしい意見だわサキュド。王族っていうのは着飾る事も仕事のうちなのよ。だって、あなた達の魔王様がみすぼらしい格好をしていたら嫌でしょう?」
「ギル――ッ!!」
「――それにしても、必要以上に絢爛豪華だと私も思うがな。あの装飾一つが、一体どれほど民草の血肉を啜り上げたのやら」
案内役兼護衛と称して周囲を取り囲む騎士達をチラリと見やると、サキュドは意地の悪い笑みを浮かべて挑発をはじめる。
周囲の騎士達は確かに、物々しい装備で固めてはいるもののその分歩みは鈍重で、もしもこの場でテミスとサキュドが乱心したとしても、路傍の石と変わらない事だろう。
尤も、それだけ防御を固めたとしても、所詮は鋼鉄製の甲冑である彼等の装備では、サキュドの紅槍やテミスの大剣の一撃の前に、紙切れが如く貫かれ、引き裂かれるのが落ちだった。
しかし、ガシャリと甲冑を揺らして反応を見せた騎士達を宥めるかのように、フリーディアは余裕に満ちた笑みを浮かべると、サキュドの挑発へ応戦する。
それに対して、サキュドはあろう事か魔王であるギルティアの名を口走りかけたが故に、テミスは即座に肘で小突いて黙らせると、代わって皮肉を叩き付けた。
「それを言われると胸が痛いわね。何処かの誰かさんとの戦いの為に、私達ロンヴァルディアは計り知れない金額を投じたし、これも他国からの援助を受けるために用意せざるを得なかったとはいえ、この国で暮らす皆の事には苦労を掛けてしまっているわ」
「ハッ……責任転嫁も甚だしい。お前達が声高に囀るお題目を聞くに、全人類の危機なのだろう? 絢爛豪奢な飾りつけなど無くとも、一致団結して抗うのが道理なはず」
「国の政とはそんなに単純な話でも無いわ。戦いが終われば別の国だもの。誰だって極力自分の国の出費は可能な限り抑えたい」
「やれやれ……浅ましいというか、さもしいというべきか。お前達がヒトに非ずと蔑む魔族の方が、まだ協調性があったように思える」
テミスの言を受けたフリーディアが更に皮肉を重ね、それに対してテミスが受けて立つ。
傍らを歩くサキュドからしてみれば、テミスたちのこの程度の口戦は日常茶飯事であり、別段気に留める程の事でもない。
故に、酷く退屈そうに煌びやかな装飾の施された広い廊下を眺めながら、のんびりと歩を進めていたのだが……。
「ッ……!!!」
「フリー……ディア様ッ……!!」
一度はサキュドの挑発に悋気を漏らした周囲の騎士達だったが、テミス達の熾烈な舌戦を前にもはやそのような感情を抱く余裕はなく、誰もが途方もない緊張と恐怖の只中に居た。
傍らを歩いているが故に、嫌でもテミス達の会話が耳に入ってくる彼等にとっては、フリーディアの弁舌はロンヴァルディアの誇りと尊厳を賭けて抗弁しているようにしか聞こえない。
対するテミスも、戦場での勇名はこのロンヴァルディアにまで届いており、その噂に尾ひれやはひれが付けられていた為、フリーディアが一言を発する度に、自身の死すら思い描いてしまうほどの恐怖を感じていた。
だが、即興であるとはいえこの舌戦はフリーディアとテミスの策略の内で。
敢えて彼等の前でこうして対等以上に張り合う事で、白翼騎士団と黒銀騎団に上下が無いと言外にアピールしているのだ。
「――だからこそ、どんな理由を付けようが、無駄な豪奢さの正しさを証明する事はできんし、何より戦費が必要なのであれば、それこそ城を煌びやかに飾り付ける分の金を兵力増強に回すべきだな」
「だからそのお金や物資を賄うために欠かせない事なのよ。燭台一つ分のお金で、戦線に出ている部隊を一月賄える食糧が買えるのなら安いものだわ」
「過剰装飾だと言っているんだよ。私は。先程お前も言っていたが、如何に安い出費で利を得るかが国の政なのだろう? それに則るのならばこれは――」
「――あ、あのッ!!! お……ぉ話中の所も、申し訳ございませぇんッ……!! こちらのお部屋でブライト様がお待ちです……!!」
テミスとフリーディアの論争が堂々巡りを始めた頃。
先頭を歩いていた騎士の足がピタリと止まり、上ずった声と共に逃げるように傍らへと捌けた。
そこには、王が謁見の為に使う謁見室の豪奢な扉は鎮座しておらず、高級さを漂わせながらも何処か素朴な造りの扉があったのだった。




