1764話 救援部隊
宣戦布告の一報が入った翌朝。
テミス達はフリーディア率いる白翼騎士団と共に、ロンヴァルディアへ向けて馬を走らせていた。
元よりテミスとしては、ファントに類が及ばない程度に手を貸す……つまり、ヴァイセ達の部隊を向かわせたり、武器や糧食などの物資支援を主に考えていたのだが……。
「クク……」
馬上でチラリと横を走るフリーディアへと視線を向けると、テミスは昨日の光景を思い返して小さく喉を鳴らした。
よもや、このフリーディアが私に深々と頭を下げて、素直に助力を求めるとは……。
あまりの珍しさ故に、記憶に深々と刻み込んだその光景を思い返す度に、テミスは何故か胸が躍るような思いに駆られていた。
「……何よ。人の顔をじろじろと」
「いや……私も存外、単純なものだなと思っていただけさ」
「あら、やっと気づいたの? はじめて会った時からあなたは単純だったわよ?」
「チッ……前言撤回だ。どうやら思い違いだったらしい。全く忌々しい」
「もぅ。拗ねないでよ。わかった。言い方が悪かったわ。単純じゃなくて純粋。これなら悪く聞こえないでしょう?」
「ハン……馬鹿にしているようにしか聞こえんわ」
しかし、胸の中に去来していた思いは即座に霧散し、テミスは涼し気な笑みを浮かべたフリーディアに苛立ちを覚える。
するとすぐにフリーディアは困ったように眉尻を下げると、子供をあやすような口調で表現を変えた。
とはいえ、いくら言い回しを替えられようが言葉の本質は変わっておらず、何故かフリーディアの口から告げられると、テミスは無性に腹が立って仕方が無かった。
「……だが、本当に良かったのか? 私たちに助力など求めて。我々が手を貸せば、ロンヴァルディアが魔族に屈したというヴェネルティ連合の言い分に信憑性を持たせる事になるだろう」
「あら。私たちはあくまでも、融和都市ファントからの援軍としてロンヴァルディアに力を貸すだけよ? 白翼騎士団に出撃命令が下された訳ではないし、何も問題は無いと思うわ?」
「ハハッ……!! いけしゃあしゃあと良く言ったものだ。詭弁もそこまで行けば清々しさすら覚えるッ!」
「詭弁じゃなくて事実……でしょう? その証拠に……」
そう言葉尻を濁しながら、フリーディアはテミスの後ろを駆ける黒銀騎団の者達へと視線を向ける。
そこに随伴していたのは、いつもテミスと共に戦場を駆けている黒銀騎団の基幹部隊である第一分隊ではなく、コルカ率いる魔導部隊にサキュド率いる飛行部隊と、作戦に志願したヴァイセだった。
頭数としては、おおよそ白翼騎士団を除いた黒銀騎団の半数に少し届かない程度だ。
だが、ヴァイセを除けば人間達にとってサキュド達は魔族であることに変わりは無いのだが……。
「……ねぇ、テミス。貴女の方こそ本当に良かったの? こう言っては何だけれど、間違い無く不快な思いをする事になるわ?」
「だろうな。だが、そんなものは些末な事さ。正直に言えば、私としたことが秘策の為とはいえ些か過剰戦力だったやもしれんとすら思っているが……とっと……」
問いを返したフリーディアにテミスは自慢気な笑みを浮かべて答えを返すと、不安定な馬上で胸を張ってみせた。
瞬間。テミスの跨った馬が僅かに身を捩ったせいでテミスは危うくバランスを崩しかけ、即座に脚に力を込めてしがみ付く。
しかし、傍らのフリーディアはテミスの異変に気付いた様子はなく、唇を僅かに尖らせながらため息を吐いて問いを重ねる。
「むぅ……助太刀を頼み込んだのは私だし文句は無いわ。けれど秘策って何? 勿体を付けずに教えて欲しいのだけれど……」
「秘策は秘するからこそ秘策足り得るんだろう。おいそれと話して聞かせるようなものではない」
「それはッ……!!! …………そうだけど……。ねぇ、あなた達は何も聞いていないの?」
「アタシ達は何も聞かされていないっての。たとえ聞かされていたとしても、テミス様が教えないって言ってんのに、アタシ達が喋る訳ないだろ」
終いには、テミスから聞き出すことは不可能だと悟ったのか、後ろを駆けるコルカたちへと目を向けて質問を始めた。
けれど、テミスの旗下であるコルカ達がテミスが黙したフリーディアの問いに答えるはずも無く、辛らつな言葉が返されていた。
「それもそうよね……。ま、貴女の事だから、どうせまた突拍子もない策なんだろうけれど……。期待しているわ。私の予想だと、戦況はかなり厳しい筈だから」
「フッ……それは結果を御覧じろって所だな。現場を見てみん事には何とも言えん。あぁそうだ……それと、ロンヴァルディアに着いたらで構わん。我々の人数分、白翼騎士団の装備を用意できるか?」
「わかった。これ以上は聞かないわ。……って、えぇッ!? テミス……正気なの?」
しかし、フリーディアが投げかけられた辛らつな言葉を気にした様子はなく、微笑みと共に小さくため息を吐いただけだった。
だがその直後。事も無げに放たれたテミスの問いに、フリーディアは驚きのあまり走らせている馬をふらつかせながら声を上げる。
「正気も正気さ。その方が現場の連中も受け入れやすかろう。流石に戦場で背中から狙われるのは勘弁願いたいからな」
そんなフリーディアに、テミスは肩をすくめて涼し気に答えると、何処か楽しそうに唇を緩めたのだった。




