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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第28章

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1824/2321

1758話 改革と痛み

 今日も今日とてファントは晴天。

 気温は熱くもなく肌寒くもなく適温で、まさに行楽日和といえるだろう。

 しかし悲しいかな、この世界には行楽日和などという言葉は存在しないらしく、どうやらこういった陽気の日は仕事日和と称するらしい。

 無理やり休日という概念を捻じ込みはしたものの、未だにこの世界の社畜的な仕事意識を拭い去るには未だ遠く及んでいないようだ。

 まさに月月火水木金金。彼の世界では屠り去られたはずの黒き邪悪な概念が、この世界では未だに色濃く蔓延っているのである。

 ああ、なんと嘆かわしい事か。

 邪悪を排すると誓ったはずのこの私が、今まさにその邪悪に飲み込まれんとしているとは……!!


「ッ……!!」


 ピリピリとした雰囲気が立ち込めたファントの執務室で、テミスは一人背もたれに身を投げ出して天井を仰ぎながら、頭の中でそんな悲劇を演じていた。

 盛大な脳内ファンファーレと共に紡がれる物語も佳境は佳境。

 ドサドサと降り注ぐ書類が扮する圧倒的な仕事の量に圧殺され、必死の抵抗も虚しくテミスは儚くも(ステージ)の上に倒れ伏す。

 苦しみにプルプルと震えながら伸びる手は、それでも尚武器(ペン)へと向けられていて……。

 しかし、その手が届く事は無く、パタリと微かな音を立てて力尽きるのだ。


「…………」


 ドサリ。と。

 テミスは夢想の中の自身が力尽きると同時に、背もたれへと預けていた身体をゆらりと前へ揺らめかせ、そのまま書類が積み上がった執務机の上へと倒れ伏す。

 フリーディアの手によって口火の切られたファントの宿泊事情は想像を絶する程に厳しく、テミスが赴いた調査で判明した事実では、実に六割を超える店が相場の倍以上の値段で営業していたのである。

 流石のテミスも、この事態は看過すべきではないと尻に火が付いたかの如く動き出し、今はその計画も大詰めといった所なのだ。


「テミス様。コーヒーです。どうぞ」

「……ありがとう」


 そんなテミスの眼前に、コトリと音を立てて豊かな香りを吐き出すカップが一つ置かれると、光を失っていたテミスの瞳が僅かに生気を取り戻した。

 尤も、この一件においてテミスの担った主な役割は、どう足掻こうとも大きな損失が免れない現状を打破するための案出しが主で。

 その役割を十全にこなしてみせたからこそ、こうして三文芝居を打っていても、フリーディアが文句を言ってこない程度の特典が付いてきている訳だが。


「あ~……マグヌス。候補地の調査結果が冒険者ギルドから上がってきているから確認を頼む。合わせて木こり連中の手配もだ」

「ハッ! お任せください。当日は私を含め、十分に事情を理解している者を中心に据え、手分けをして作業の指揮に当たる予定です」

「あぁ。そうしてくれ。杜撰な作業をされて森を丸裸にでもされたら、わざわざこうして事前調査をした意味が消し飛んでしまうからな」

「……私の知る限りだけど、職人さんたちは自分の仕事に誇りを持っているわ。理由があるとはいえ、素人に横から口出しされるのは好まないと思うけれど」


 コーヒーを受け取ったついでに、テミスが散らかった机の上からマグヌスに分厚い書類の束を手渡すと、傍らから疲れの滲んだフリーディアの声が割って入ってくる。

 その声に、テミスが机の上から体を起こさないままにフリーディアの方を見ると、視線は机の上に置かれた書類を見据えており、手にしたペンはカリカリと音を立てて書類の上を疾駆している。

 だが、話の内容はしっかりと聞いていたようで、テミスはフリーディアの並行処理能力(マルチタスク)の高さに内心で舌を巻いた。


「だとしても譲れん話だ。差し入れでも用意してやるしかあるまい」

「は……差し入れ……ですか……?」

「そうだ。賃金とは別に、良く冷えた飲み物なり軽い食事なりをくれてやるんだ。勿論、事前には知らせずにな。驚きも相まって良い懐柔策になる」

「ッ……!! 早急に手配いたします。軽食はマーサ殿にご依頼しても構いませんか?」

「あぁ。外に漏れないようにするのならばそれが一番だろう」

「……相変わらず、とんでもない発想ね。この簡易宿泊所といい、何度驚けば良いのかしら」

「別に……大した事ではあるまい。我々だって野営はするし、お前だって騎士団では鍛練に励む部下を労う事もあっただろう?」

「まぁ……そう……ね……。でも、仕事に励むのは当然じゃない? お水の配給はあるけれど、わざわざ飲み物を配るなんて事まではしなかったわ。あ、あとマグヌスさん。ギルドから上がってきた書類、後で私にも見せて下さい」

「承知いたしました」

「フゥム……そういうものか……」


 テミスは自身の投げかけた質問に答えると、再び書類仕事に没頭していくフリーディアを生暖かい視線で眺めていた。

 この簡易宿泊所の案も差し入れの案も、テミスにとっては当り前の感覚を少しばかり応用したに過ぎない。

 町の中に新たな宿を作るのが難しいのならば、将来的に不要になる可能性も考えて、町の外にキャンプ場的な安価な簡易宿泊所を作れば良いという、至極単純な案だ。

 勿論、簡易宿泊所ではただ場所を貸すだけではなく、安全の確保された決められた区画に既にそれなりのテントが張られている状態だし、薪や食事だって用意されている。

 けれどこの世界では、野営を提供したからといって金を取るなどという発想は無く、賃金以外の報酬を与えるという意識も薄いらしい。


「……存外馴染んだものとばかり思ってはいたが、私もまだまだという事か」


 集中して仕事に向き合うフリーディア達を眺めながら、思わぬところで自身との認識のズレ(・・)を思い知ったテミスは、どこか悲し気にぼそりとそう呟きを漏らしたのだった。

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