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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第28章

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1754話 憂いなき平穏

 亮の引き起こした騒動から時は流れ、決戦で重傷を負ったフリーディアの傷も完全に癒えた頃。

 テミスは執務室に設えられた自身の席で寛ぎながら、漸く訪れた掛け値なしの平穏を心行くまで満喫していた。


「マグヌス。お代わり」

「ハッ……!」


 気の抜けた声で、テミスが空になったカップを差し出しながら告げると、執事もかくやという手際の良さで新たなコーヒーを淹れたマグヌスが、温かな湯気を立ち昇らせるカップを差し出す。

 机の上には、テミス自身が用意した茶菓子までもが並べられており、かつては机の上に山と積まれていた書類はその姿を消していた。

 尤も、隣で執務に励むフリーディアの机の上には、それなりの量の書類が綺麗に整頓された状態で並べられているのだが……。


「…………。スス……はぁ……。うん……美味いぞ。マグヌス」

「ハッ……! ありがとうございます」

「…………」


 菓子を口の中へと放り込み、ほろ苦く香り高いコーヒーを流し込む。

 コーヒーの芳醇な香りが空気を彩り、気を張り詰める必要のない穏やかな時間がテミスの心に平穏という名の緩みをもたらしていた。

 そんな緩み切ったテミスの姿を、フリーディアが隣の席から時折、恨めし気に睨み付けていたのだが。


「あぁ……平和だ……」


 だが、傍らから注がれる非難の眼差しをテミスが歯牙にもかける事は無く、柔らかな椅子にギシリと背を預けると、心の底から呟きを漏らす。

 かつてこの町に、これほどまでに心安らぐ平穏が訪れる事はあっただろうか?

 ロンヴァルディアと魔王軍の戦争は止まっている。このファントが在る限り、彼等が再び直接戦火を交える事は無いだろう。

 北方のギルファーとの関係は極めて良好。王の妹であるヤヤとは時折訓練を共にする仲だし、彼女の腹心のシズクは最近では毎日のようにウチに顔を出すようになった。

 このファント近郊で起きている問題は全て解決したと言って差し支えが無く、目下の懸案事項と言えば、せいぜい遠く離れた南方エルトニアとの関係と、西方の地で戦った黒い騎士(バキース)と戦い続けているというアルプヘイムくらいだろう。


「とはいえ……どちらも我々には直接関係が無い」


 テミスは意味もなく机上の紙に懸案事項を書き出してみるものの、それ以上に書き記す事がある訳でもなく、すぐに傍らにペンを放り投げた。

 そもそも、エルトニアやアルプヘイムで何かしらの問題が起こったとしても、位置関係からしてまずはギルティアたち魔王軍が盾となってくれる。

 特にアルプヘイムに関しては、事実上二つの国家を間に挟んでいる状態であり、よほどの事態が起こらない限りは、こちらまで面倒事が回ってくる事は無いだろう。

 つまり、亮のような突発的な不穏分子を除けば、このファントに居る限り戦いとは無縁の平穏な生活を送る事が出来るという訳で。

 遂に日がな上がってくる商人たちの要求や、衛兵たちからの報告などと格闘しながら、給仕に精を出す日常が訪れたのだ。


「ねぇ……テミス」

「何だ? 仕事なら手伝わんぞ。私の分は既に終わらせたのだ。何も問題はあるまい?」

「っ……。その仕事の配分にはすっごく文句を言いたいところだけど……そこはまぁ良いわよ。実際、貴女が出向くと拗れそうな案件ばかりだし」

「失礼言い草だな」

「事実でしょ。店舗同士の折衝や外から来る行商人たちとの値付けの差に関する問題なんて、すぐに決着をつけたがるテミスにはどう見ても不向きだもの」

「額面通りの事を、額面通りにこなせば良いだけの話だ。そもそも商売というのは――」

「――あぁ、ハイハイわかったから。貴女の言っている事は正しいけれど、やり方が乱暴だって言っているの。……って、そうじゃなくて!!」

「……だったら何だ?」


 こうして時折フリーディアとテミスの間で起きる肩を並べての舌戦も、もはやこの執務室では微笑ましい部類に入る日常の光景で。

 穏やかな微笑みを浮かべたマグヌスが見守る中、フリーディアは口論へと発展しかけた話を強引に引き戻す。


「テミス、貴女この後もどうせ暇なんでしょう?」

「重ねて失礼な奴だな。この後は町の巡回に高台からの監視と予定が詰まっている。大忙しだ」

「それ、ものすごく都合の良いように言い換えた散歩とお昼寝よね?」

「…………人によっては、そうとも言うな」

「ハァ……。だったら、このあと少し付き合いなさいよ。こっちの仕事もそろそろ終わるし、貴女聞いた話では、最近面白い剣術の稽古をしているみたいじゃない?」

「フム……?」


 飄々とした態度で言葉を返すテミスに、フリーディアは手慣れた様子で真実を看破すると、不敵な微笑みを浮かべながらキラリと瞳を輝かせた。

 確かに、亮との戦いの以降、テミスはあの戦いでしっかりと見た彼の剣技を元に、大剣や刀を扱う鍛練を積み重ねていた。


「…………。クク……良いだろう。丁度対人戦でも試してみたかったところだ」

「フフ……そうだと思った。じゃ、決まりね」

「あぁ。さっさと終わらせてくれ」


 短い逡巡の後、ニヤリと好戦的な微笑みを浮かべたテミスが問いに答えると、フリーディアもまた同じ笑みを浮かべて頷いた後、書類仕事に戻っていく。

 そんなフリーディアを横目に眺めながら、テミスは身体の力を抜いて自身の机の上へと身を伏せたのだった。

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