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165話 白翼の正義

 ガッ……ギィィィン……。と。ライゼルの首へと叩き込んだはずの刃が、硬い手ごたえと共に金属音を上げた。


「っ……貴女……は……」


 横たわったライゼルの顔が驚きに変わり、小さな声を漏らす。その視線の先には、残滓のようにその黄金の髪をなびかせたフリーディアが、剣を抜いてテミスの大剣を受け止めていた。


「どういうつもりだ? フリーディア。ライゼルはファントの敵……即ち、お前にとっても敵だろう?」

「ええ。もちろん。それはわかってるわ……でも……」


 フリーディアが視線を逸らし、口を噤む。その間もまるで鍔迫り合いでも演じているかのように、フリーディアはテミスの剣を支え続けていた。


「……お願い。テミス。彼の事は私達に任せてくれないかしら?」

「ハッ……何を言い出すかと思えば……」


 フリーディアが続けた言葉にテミスは嘲笑を漏らすと、剣を上げて再び肩に担いだ。

 品行方正で清廉潔白なフリーディアの事だ。どうせ、ライゼルは殺してしまうほど悪い事をしていない……等とほざくつもりなのだろうが――。


「あなたの立場も、考えも解った上でお願いしたいの。これ以上……テミスが誰かを殺さなくて良いように……」

「ククッ……」


 なるほど。私の為ときたか。

 テミスは開いた片手で顔を覆うと、微かに俯いて肩を震わせた。

 彼女らしいと言えば彼女らしいが、底抜けに人を信じる甘さと、そのリスクを他者に押し付ける態度には反吐が出る。


「馬鹿な事を言うなフリーディア。そいつは……ライゼルは私を追うのを止められない」


 テミスとフリーディアは互いに剣を抜き放ち、向き合った状態で言葉を交わす。その違和感のない光景は、近くで見守る者達にフリーディアの本来の所属を思い出させた。


「コイツが囚われているのは全て、過去の幻想だ。『死を無駄にしない』などと、復讐の理由すら他人に預けているコイツが、その怨恨を断ち切れるとは思わんがな」


 しかし、当のテミスはその様な事を歯牙にもかけず、面倒くさそうにフリーディアに言い放った。

 事実。ここで見逃したとしても、ライゼルが再びファントを……私の命を狙って攻め入ってくるのは間違い無いだろう。ならば、後顧の憂いを断つ為に、ここで始末してしまうべきなのだ。


「……ならなんで、その人たちは見逃すの?」

「っ!!?」


 ビクリと。フリーディアに矛先を向けられた兵士たちが肩を震わせた。酷な事をする……。テミスはそう苦笑いを漏らしながら、兵士たちから視線を外すと、再びフリーディアを見据えて口を開いた。


「コイツ等は弱いからだ。いくら弓の腕がよかろうと、一人では……いや。ここに居る全員の力を憎しみで束ねたとしても、我らが平和を脅かすとは思えん」


 テミスはため息交じりにそう告げると、大剣を肩に乗せたままフリーディアに歩み寄った。負けを認めたとはいえ、こうグズグズしていてまた立ち上がられでもしたら面倒だ。


「要は、危険度の問題だ。暴走する蟻を恐れるものは少ないが、怒り狂う象を恐れぬ人間は居ないだろう」

「……普通に、蟻も怖いと思うけど……」

「ブフッ……クククッ……」


 フリーディアが不審気な顔で首を傾げると、横たわっていたライゼルが突然噴き出し、僅かにテミスへ顔をもたげて口を開く。


「確かに……ファントの周りでは見ないけれど、こちらには人の大きさを超す蟻も居るからね」

「っ――!! あ~……なんだ、蟻がだめなら兎とかだな……」

「ハングラビットは強敵よ?」

「……あ~!! もうっ!! 魔獣じゃない! 普通のヤツだ! 小さいのッ!」


 再度フリーディアが首を傾げると、テミスの叫びがボロボロの平原に木霊した。何故戦場にこんな弛緩した空気が流れているんだ……。まさか、それを狙っている訳では無いだろうな?


「それならわかるけど……」

「……だろう? 例え野兎が何匹向って来ようと人間は恐れん。傷付く心配は無いからな。だが、それが象ならば簡単に死にかねん」

「でもっ――!!」

「――よっ……と……」

「――っ!!!」


 テミスの論にフリーディアが反論しようとした時だった。フリーディアの後ろで横たわっていたライゼルが、突如気の抜けそうな掛け声と共に身を起こした。


「チィッ――!! そら見た事かッ!!」


 刹那。ほぼ反射的に数歩後ろへ跳び退いたテミスが、肩に担いでいた大剣に力を込めて構えを取る。切り結んだはずなのに真っ二つになっていなかった時点でわかっていた事だが、やはり回復を待っていたかッ……!


「……フゥ。降参ですよ」

「何……?」


 だがその視線の先で、ライゼルは腰のベルトを一本外すと、彼の武器であるカードが詰まった箱をそれごと地面へと投げ捨てて両手を挙げる。


「正直。テミス……貴女が憎い。それと同時に、仲間の死に報いる事ができなかった自分も許す事はできていません」

「だろうな」


 テミスは構えを解かぬまま頷くと、ライゼルから視線を逸らさぬまま、二人の間で狼狽えるフリーディアに小さく舌打ちをした。


「ですが……こうして立ち上がれる程度にまで回復したとはいえ、僕は敗者だ。貴女に仲間の事を頼んだ時点でそれは動かない。なので……今は退きますよ。見逃していただけるのならね。少なくとも、ここでこれ以上戦うつもりはありません」

「……チッ」


 テミスはライゼルの言葉に舌打ちをすると、顔をしかめて大剣を背に収めた。

 だがこの言動は明らかに、私に殺されかねない窮地を脱そうとしている物だ。その証拠に、奴なりの誠意のつもりか、二度とファントを攻めないなどといった言葉を意図的に避けている。


「ですが、一度敗れた身。この首を刎ねると言うのならば承服しましょう。仲間の安全と引き換えにね」

「……面倒な奴め」

「わかったわ。テミス」


 さあ殺せと言わんばかりに、ライゼルがフリーディアの後ろから歩み出た時の事だった。フリーディアが言葉を零すと、ライゼルの肩を背後から掴んで動きを止める。


「……ん?」

「要は、ライゼルがファントを攻める……いいえ。貴女への恨みを鎮める事ができれば良いのでしょう?」

「ああ。付け加えるのであれば、それまでファントを攻めないのと、私の邪魔をしないことが条件だがな」


 テミスは嫌な予感を覚えながら、自信満々に進み出たフリーディアへ視線を向けた。これはただの予感だが、コイツとんでもない事を言い出すぞ?


「なら、ライゼルを白翼騎士団に入れるわ。私の権限の元に」

「へっ?」

「なっ……」


 ライゼルの疑問符とテミスの絶句が重なり、その場にいる者全ての視線がフリーディアへと注がれた。それを受け止めながら、フリーディアは堂々と言葉を続ける。


「テミス。私達は元々敵同士……切り結ぶこともあるわ。けれど、貴女も知っての通り、私達にも正義はある。平和を願う気持ちは一緒よ」

「っ……」

「だから、ライゼルがその憎しみの手綱を握るまで……私達が責任を以て預かるわ……どう?」

「ハァ~……」


 胸を張り、自身の漲った笑みでフリーディアがそう宣言すると、テミスは地獄の底でも覗いてきたかのような、深いため息をついたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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