幕間 弔い
ザクリ……。と。
地面に突き立てたシャベルが心地の良い音を立て、剣を受け流した時のような澄んだ音と共に、放った土が山を築く。
「フゥ……。こんなものか……」
テミスは額に浮いた汗を手の甲で拭いながら一息を吐くと、周囲と比べてわずかに高くなった土の山を叩いて形を整えた。
本来ならば、ここから木槌か何かで多対て圧縮し、強度を増す必要があるのだろうが、ただ見栄えのための土台としてならば、これで十分だろう。
「さて……」
台形に形を整えた土台を満足気に眺めた後、テミスは眼下に広がるファントの街並みへと視線を移した。
ここは、ファントの近くに広がる小さな丘で、ここから眺めるとファントの街を一望する事が出来る。
剣を交えた敵である亮を、わざわざ弔う必要など無い。
マグヌスを含む部下達からは幾度となくそう意見具申をされたが、テミスはそれらを全て却下し、こうして誰の手を借りる事も無く亮の墓を建てていた。
「お前には悪いが、墓も私の手作りだ。なにせ、こちらの石工は建材を作るのが主でな。如何にファントといえど墓石職人は居ないんだ」
クスリと涼やかな笑みを浮かべると、テミスはそうひとりごちりながら、作業の間傍らへと置いておいた石の塊の表面を優しく撫でる。
墓石はこちらでは類を見ない日本式の物。細かな形はうろ覚えだったし、石材を加工するなどという作業ははじめてだった所為で幾ばくかは不格好なものの、知ろうと仕事にしては良くできた方だと言えるだろう。
「大変だったんだからな? 直線を切り出す分には私の剣でも問題は無かったが、名を彫ったりと細かなな作業は門外漢だ。ま……その辺りは許せ」
テミスはそう亮に語り掛けながら墓石の土台部分を持ち上げると、先ほど形を整えた土の山の上へと移動する。
無論。パーツごとに分かれているとはいえ、それなりの大きさがある墓石の部品は重く、怪力を誇るテミスであっても重労働だった。
だが、無事に土台部分の設置を終えると、テミスは墓石の傍らに置いた袋の中から大きな骨壺を一つ取り出し、墓の中へと納める。
正式な墓ならば、地面を掘り返して地下に遺骨を安置する為の納骨室を作るのだが、亮以外に誰が入る訳でもない墓だし、何よりここはあの世界ではない。要はこの骨壺を収めることの出来るスペースがあれば問題はない。
「手抜きではない!! 断じて!! 何度地面を掘り返した方が楽かと心が揺らいだくらいだからな」
土台を荒々しくくりぬいて設けたスペースの中に納めた亮の遺骨に背を向け、テミスは再び持参した袋の中を漁ると、亮の軍刀と燃え残った装飾品の類を取り出した。
「こいつらは共に屠ってやれるが、軍刀は収めるには些か大き過ぎる。折れているとはいえ、抜き身の刀を添えるのも気が引けるからな。私が預かっておこう」
そう告げながら、テミスは墓の土台の傍らに軍刀を立て掛けた後、取り出した装飾品類を骨壺の傍らへと流し込む。
これで、残す作業は亮の名を刻んだ墓石を乗せて、継ぎ目を閉じるのみ。
殊更、何を思い返す事もない間柄ではあるものの、テミスは静かな心持ちで空を見上げて目を瞑った。
これは死者の死を悼むためのものではない。私がただ、先人に対する敬意を通す為の意地に似た自己満足だ。
「……こんなものか。よっ……と……。っ……。よし……ではな。気が向いたら、また顔を見せに来るとする」
しばらくの沈黙の後、目を開けたテミスは手際よく残った作業を終わらせると、墓に立てかけていた軍刀を袋の中へと戻してから、別れの言葉を残して亮の墓前を後にしたのだった。




