幕間 ファントを守れ
猛々しいテミスの咆哮が町に響き渡る。
その絶叫は今まさに放たんとしている一撃に、全霊を込めている何よりの証左で。
「フッ……。構えろ。来るぞッ!」
「見ればわかりますとも」
「くふっ……! 今回は見学かと思っていたけれど……滾るわねッ!!」
テミスの月光斬の射線へと駆け込んだレオンとライゼル、そしてサキュドの三人は、それぞれに違った表情を浮かべながら軽口を叩き合う。
レオンとライゼルが挑まんとしているのは、かつての自信が敗れた絶技。
サキュドが相対しているのは、いつもその背を追い続けてきた頼もしき一撃。
たとえこの場へ至る道程が異なろうとも、たとえ胸に抱いた思いが違おうとも、やるべき事はただ一つ。
「オオオオオォォォォォォォッ……!!!」
最初に猛りをあげたのは獅子の咆哮だった。
構え掲げたガンブレードのトリガーを引き絞り、籠められた弾丸に充填された魔力が刀身へと注ぎ込まれる。
全弾発射。ガンブレードを兵装として採用するエルトニアの中でも、そのあまりの負荷が故にレオン以外には扱う事ができない秘技である。
だがこれはただの秘技ではない。
銃弾から解放された暴れ狂う魔力を再圧縮し、刀身へと注ぎ込んで力と変えたのだ。
原理としては、フリーディアの模倣した月光斬に近く、闘気と魔力の両方を使わないが故に斬撃を飛ばす事はできないが、その分一撃の威力には秀でている。
「まさか、アレに飛び込む気ですか? 自殺行為だ。せいぜい、そのまま力を高めておいてください。ハァッ……!!」
しかし、ライゼルはそのまま前傾姿勢を取ったレオンを諫めると、懐から幾枚ものカードを取り出して中空へとばら撒いた。
宙へと放たれたカードはまるでそれぞれが意志を持っているかのように空を切り、レオンを追い越して輝く五枚の障壁を展開する。
「あはッ……!!」
そんな二人と肩を並べながらも、サキュドの目はただ眼前で煌々と輝く巨大な刃へと注がれていた。
猛々しくも美しき破滅の輝き。その途方もない威力をサキュドは誰よりも知っている。
有象無象の一軍など地面ごと斬り裂いて容易く屠るあの斬撃に、幾度窮地を救われてきた事だろうか。
今、そんな憧憬に挑まんとしているからこそ、サキュドの胸は荒々しく鼓動を打ち鳴らし、身に迸る魔力はこれ以上ない程に充足していた。
「ッ……! 来ますッ……!!」
次の瞬間。
ライゼルが緊張を孕んだ声を上げると同時に、テミスの放った月光斬がライゼルの展開した障壁に激突する。
一枚目の障壁は一秒と持たずに砕け散り、続いて二枚目、三枚目も同様に、薄氷を砕くが如き淡い音と共に虚空へと散った。
「流石ッ……!! ですがッ……!!」
それを見据えながら、ライゼルは力の籠った呟きを零すと、頬から汗を滴らせる。
ここまでは想定内。
本命は四枚目と五枚目の障壁なのだが……。
「ッ……!!」
四枚目の障壁は、これまでの三枚と比べて僅かに持ち堪えたものの、数秒で障壁に大きな亀裂が走り、そこから一気に砕け散った。
そして最後。残る全ての力を注ぎ込んだ五枚目の障壁は、ギシギシと軋む音を立てながらも月光斬を受け止めた後、陶器を床に叩きつけるような音を立てて爆散する。
「ッ~~~!!! ウァッ……!!」
「……良くやった。前に出るッ!!」
障壁が全て砕け散ると同時に、障壁が抑えていた余波を受けたライゼルは、放ったカードと共に後ろへと吹き飛んだ。
だがそれとすれ違うようにして、レオンは勝算の言葉と共に迫り来る月光斬へ向けて跳躍すると、下から打ち上げるようにして自身の刃を叩き込む。
「グゥッ……!!!」
しかし次の瞬間。
ガンブレードを握るレオンの手には、堪え切れない程の重圧が襲い掛かった。
相殺しきれなかった月光斬の威力にガンブレードがギシギシミシミシと悲鳴をあげ、鍔ぜり合うかの如く抗ってはいるものの、圧倒的な力はレオンの身体を力付くで後ろへと押しやった。
だがここまではレオンの想定通りだった。
元より、独力でどうにかしようなどとは思っていない。
癪ではあったが、あとはサキュドの一撃を合わせるだけ……の筈だった。
「っ……!? 何をしている!? 早く合わせろッ!!」
「ッ……うるさい! まだよ……これじゃあ足りない……!! あと少し堪えなさい!!」
「バカなッ……ウゥッ……!!」
けれど、いつまで経っても放たれないサキュドの一撃にレオンが声をあげるが、返ってきたのは焦りを帯びた腹立たし気な叫びだった。
しかし、堪えろと言われた所で既にガンブレードの出力は限界を超えている。
これ以上の魔力を込めれば、武器の方が持たないだろう。
「チィィィッ……!!」
レオンは身勝手なサキュドに苛立ちを覚えながらも、刻一刻と圧し込まれるガンブレードにさらに力を籠めると、全身の力をも込めて月光斬に抗った。
だが、それでも月光斬を抑え込むには至らず、ズルズルと身体ごと圧し込まれていく。
そんなレオンが、紅槍を構えたサキュドの眼前にまで迫った時だった。
「ハァァァァァァアアアアアアアッッ!!!」
気合の籠った雄叫びが響くと共に、紅の刃が天へ向かって弧を描いた。
そこから放たれた紅の斬撃は競り合っていたレオンの刃と交差して月光斬とぶつかり合い、バヂバヂと炸裂音を奏でる。
そして……。
「くァッ……!!」
「アゥッ!!」
バヂィッ……! 交叉した三つの斬撃からとひと際大きな衝撃が迸ると、レオンとサキュドはまとめて後方へと弾き飛ばされた。
しかし。
そんなサキュド達の頭上を掠めると、煌々と輝く月光斬は僅かに軌道を変え、町を傷付ける事無く天の彼方へと消え去っていったのだった。




