幕間 帰路の旅籠
ゲルベットを後にしたテミス達は、自分達が歩いて向かった往路を一気に駆け抜け、渓谷の町パランクスまで辿り着いていた。
双月商会が用意してくれた馬車のお陰で、日が陰るまでまだ幾ばくかの時間があったのだが……。
「主人。約束通り立ち寄らせて貰ったぞ。すまないが人数が少し増えてな。四人と馬車が一台だ」
テミスは早々にこの町での逗留を決めると、ゲルベットへ向かう際に訪れた宿屋を訪ねた。
最早外套を被る必要もあるまい、と。戸を潜ってすぐに外套を外したテミス達を見て、宿の主人は言葉を失い、驚きに目を見開いていた。
「ぁ……な……えぇと……ッ……!!」
「ン……? もしや今日は満室か?」
「へぇッ……!? あ、いえッ!! まさか本当にまたお立ち寄り頂けるとは思っておりませんで……!! か、看板! 下げてきますワ……」
店主は目を白黒させて立ち尽くしていたものの、テミスの問いで我に返ったのか、そそくさと店の外へと飛び出していく。
それを目線で見送ったテミスは、何処か穏やかな気分に満たされながら、何故か自らの傍らで笑顔を浮かべているシズクへと視線を向ける。
「なぁ……シズク」
「私は良いと思いますよ」
「ン……? まだ何も言っていないが……」
「ご主人たちも一緒に食事を……というお話でしょう? それくらいなら、テミスさんの考え、私にもわかります。ファントに戻ったらしばらくは来れませんからね」
驚くテミスに、シズクはにっこりと人懐っこい笑顔を浮かべると、得意気に胸を張ってみせた。
確かに、ファントからギルファーそしてこのゲルベットと、シズクとの付き合いもそろそろ浅からぬものとなっている。
なればこそ……と。
「クス……そういえば、目標を達した祝いもしていなかった事だ。ここらで一つ、祝杯でもあげるとしよう」
「賛成です!」
「と……と……失礼しました。お連れさん方に厩舎の案内をしておりまして。いやはや、よもや双月商会の馬車をご利用とは……流石に驚きました」
テミスとシズクがそう頷き合っていると、大きな看板を抱えた店主が店の中へと戻って来て、朗らかに言葉を紡ぎながらカウンターの裏側へと飛び込んでいく。
「店主。礼は弾む。今夜の食事は豪勢なものにしてくれ。あぁあと……構わなければ共に食事を摂らないか? 土産話も沢山ある」
そんな店主にテミスは涼やかな微笑みを浮かべて告げると、カウンターの上にパチリと音を立てて黒貨を一枚差し出してみせた。
本来ならば、これ一枚あれば高級な宿に逗留する事くらいならばできる額だ。
尤も、前回ここに逗留した時の分も含めて、たった一組の客の為に看板まで下ろしてくれる店主の心遣いを考えれば、これでもまだ安いくらいだとテミスは考えているのだが。
「へェッ……!!? も、も、勿論ですとも!! 存分に、全力で腕を振るわせていただきます! ッ~~!! こうしちゃ居られない!! とと……お部屋の鍵は全てここにありますので、お好きなお部屋をお使いください!! では、私はちと買い出しに行って参ります!!」
「っ……!」
「はは……」
「ああっと! お連れ様が来られましたら、お手間をおかけして申し訳ありませんが、入り口の鍵だけお願いいたします! ではッ……!!」
しかし、店主は跳び上がらんばかりの驚きと歓喜を体現すると、客室の鍵をまとめてカウンターの上に出してから、大慌てで宿屋を飛び出していったのだった。




