1753話 繋がりし今日
亮との戦いから五日後。
既にファントの町には日常が戻っており、あの日に突如出現した夢幻の村の事も、酒場を賑やかす話のタネとなっていた。
しかし一方で、亮との戦いで重傷を負ったテミスとフリーディアは、中央広場から直にイルンジュの元へと担ぎ込まれ、帰宅する事は叶わなかった。
尤も、テミスは驚異的な回復力を以て傷を癒し、翌日には強化魔法の後遺症に悶え苦しむフリーディアを残して去っていったのだが……。
「それで? 怪我人がいったい何の用だ? わざわざマグヌスを使ってまで呼び出して……」
「何の用だ? じゃないわよ! 言ったでしょ? 説明をしなさい説明を!!」
フリーディアは怒りを露に気炎を上げるも、ベッドの上に横になっている状態では今一つ迫力に欠け、寧ろ滑稽にも思えてしまう。
当然。この件幕から察するに、フリーディアとて身体が万全であれば掴みかかってでも聞きだそうとしてくるのだろうが、今だけはそれは叶わない願いだ。
「ククッ……!! 随分と元気そうじゃないか。指一本動かせない癖に」
「黙りなさい! 動かしたくても動かせないのだから仕方が無いでしょう!!」
「だろうな。あれだけ限界を超えて身体を動かしたんだ。相応の対価だろう」
「……地獄だったわ。昨日まで。何度あなたを恨んだかわからないくらいね」
「酷い逆恨みだ。アレ以外の方法は無かったし、私は事前に覚悟をしろと伝えたはずだ」
「そうだけどそうじゃない!! ハァ……もう良いわ。これ以上言っても無駄だろうし」
言葉の通り、ピクリとさえも動かない身体をベッドの上に横たえたまま、フリーディアはテミスを睨み付けながら次々と恨み言を叩き付けた。
しかし、降り注ぐ雨のような文句の嵐も、テミスは意地の悪い微笑みを浮かべながら飄々とした態度で躱す。
終いには、文句を叩き付けていたフリーディアの方が呆れたように大きなため息を吐き、テミスが肩を竦めて応えた事で病室の中に沈黙が訪れる。
「……町の様子は?」
「何も問題はない。奴と戦う前のファントと何一つ変わらない」
「そう」
しばらくの沈黙の後、落ち着きを取り戻したフリーディアが静かな声で問いかけると、テミスは窓の外へと視線を向けながら淡々と答えを返した。
「作戦の後処理は?」
「済んでいる。交代で十分な休暇を与え、今は平常通りの配置だ」
「それはライゼルたちもという意味かしら?」
「いや……奴等は特別消耗が激しかったからな。褒美も兼ねて多めに休暇を与えている。レオンには別途礼を用意したのだが、突き返されてしまったよ」
「ふふっ。彼らしいわね。当ててみせましょうか? 借りを返しただけだ。……でしょう?」
「クク……正解だ。存外、真似が上手いな」
フリーディアが問い、テミスが答える。
そんなやり取りを数度繰り返した後、テミスとフリーディアは目を合わせて一拍の間を置いた後、同時に噴き出して笑い始めた。
この町の客将扱いで留まっているレオンには、事あるごとにテミスたちは褒賞を支払おうとしているのだが、給金代わりの生活費以外は断固として受け取らず、お決まりの台詞を返してくるのだ。
それはフリーディアもテミスも知っている公然のネタであり、テミスとしてはそんなに大きな貸しを作った覚えはないのだが、受け取って貰えない以上は仕方が無いと留め置いている。
しかし……。
「回りくどいぞ。そんな事が聞きたい訳ではあるまい?」
「……そうでも無いわ。気になっていたのは事実だから」
「フン……減らず口を。良いんだぞ? 私は。素直に聞いて来ないのなら、教えてやらなくても」
「素直に聞いても、正直に教えてくれる訳ではないでしょう? 貴女の事だからね。それくらい解っているわ」
「…………。チッ……」
微かなため息と共にテミスが口火を切ると、微笑を浮かべたフリーディアが明るい声で言葉を返した。
だが、何気なく放たれた言葉ではあったものの、それは正鵠を射ていて。何も言葉を返す事が出来なくなってしまったテミスは、苦し紛れに舌打ちを返す。
「彼は……どうなったの?」
「死んでいた。それだけが事実だ」
「……私には、帰っていったように見えた」
「そうか」
「彼の遺体は?」
「埋葬した。流石に町の外だがな」
「そう……後で場所を教えてね。あんな別れ方だったけれど……私は――」
「――あぁ」
ぽつり、ぽつりと。
互いに探り合うかの如く問答を進めていくと、突如テミスはフリーディアの言葉を遮って頷いた。
それは、これ以上聞くなという言外の通告であり、それを受け取ったからこそ、フリーディアも質問を重ねる事は無かった。
「……相対しこそしたが、奴自身は悪辣では無かったからな」
静まり返った病室の中で、テミスは無念を零すように呟くと、フリーディアの傍らから離れて窓際へと歩み寄る。
亮の遺体は火葬し、ファントの町を見下ろすことの出来る小高い丘の上に小さな墓を作ってやった。
こんな扱いをヤツが見れば、必要無いと言って笑うのだろうが、これは私からの意趣返しなのだ。
もしもあの世から亮がこの世界を眺めていたのなら、あの時誘いを断った選択を後悔すればいい。
そんな皮肉を込めて。
「ではな。私は行く。その程度の傷……さっさと治して戻って来い」
一息を付き、窓際から離れたテミスは、そのまま身を翻して背を向けると、ただ一言を言い残して病室を後にした。
そんなテミスの背中を、驚きに目を丸くして見送るフリーディアの傍ら……病室の窓の外では、明るく輝く太陽が燦々とファントの町を照らしていたのだった。
本日の更新で第二十七章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十八章がスタートします。
自らの力を取り戻し、ゲルベットから帰還したテミスを待ち受けていたのは、崩壊寸前のファントでした。
しかし、フリーディアの尽力もあり、ギリギリのところで持ち堪えてはいたものの、頼みの綱であるテミスは深手を負っていて。
それでも尚、テミスの取った起死回生の策により僅かな休息を得た黒銀騎団は、反撃の狼煙をあげました。
立ちはだかるは、かつての世界の平和を築き上げた軍人。思いの強さが故に共存の道はなく、圧倒的な戦闘力を以てテミス達を追い詰めました。
けれどその戦いの結末は、テミスの胸中に重たい何かを刻み付けたらしく……。
今回の一件はテミス達にどのような変化をもたらすのでしょうか?
続きまして、ブックマークをして頂いております843名の方々、そして評価をしていただきました143名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
また、頂戴しました感想も重ねて読ませていただき、作品制作の力の源とさせていただいております。重ねて深く御礼申し上げます。
さて、次章は第二十八章です。
ファントの窮地を切り抜けたテミス。
自身を蝕んでいた不調も解決し、ようやく自身の守り抜いたこの地で、心安らぐひと時が訪れるのでしょうか?
動乱の地・ファント、そしてテミスたちの安寧や如何に?
セイギの味方の狂騒曲第28章。是非ご期待ください!
2024/7/2 棗雪




