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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第27章

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1751話 夢幻の村

 溢れ出た燐光が作り出したのは、鄙びた田舎の農村だった。

 しかも、ご丁寧にたわわに実った稲穂までもが揺らめいており、この光景が表しているのはきっとこちらの世界の農村ではなく、彼の世界の農村なのだと物語っている。

 尤も、そのような光景など知る由もないフリーディア達は、突如として現れた燐光の村に戸惑いながらも、触れては散る稲穂や建物に手を伸ばし、警戒を露わにしていた。

 その中でも、テミスをはじめとする一部の者達は大きく目を見開いてその場に凍り付き、ただただ唖然と言葉を失う。

 だがそれも無理はない話だろう。

 霧のような不確かな姿とはいえ、かつて授業で習い、資料の中に描かれていたかつての街並みが、突如として目の前に現れたのだから。


「っ……ゴホッ……! ハッ……死霊の村……か……」


 もうもうと燐光が立ち込める中。

 テミスは大剣を杖代わりに地面へと突き立てて傾ぐ身体を支えると、皮肉気な呟きと共にフリーディアの手を振り払った。

 何が起こったのかはわからない。

 ともすればこの光景は、生贄となった自分達が最後に見せられている幻のようなもので、既にファントの町は死人の町と化しているやもしれない。

 しかし見たところ、町を包む燐光は、ただゆらゆらと揺れながらかつてあったのだろう村の姿を形作るだけで、包み込まれたファントの町を侵食したり、取り込んだりといった動きは見せておらず、一見すれば無害にすら見える。


「死霊の村……? テミス。貴女これが何か知っているの?」

「知らん。ただ…………奴から聞いた風景と酷似している」


 傍らに立つフリーディアは、耳聡くテミスの呟きを聞きつけたらしく、ずいと身を乗り出して問いかけた。

 とはいえ、テミスは自らの記憶の中の知識と、目の前の光景を照らし合わせて皮肉っただけであり、その事実をフリーディアにそのまま伝える事も出来ない。

 故に。テミスはしばらくの沈黙の後。視界の片隅に鎮座する亮をチラリと見やると、投げやりな口調で理由を作る。


「そう……これが……。ロンヴァルディアとも、ファントとも違う。けれどなんだか……不思議だわ。とても不気味なはずなのに、何故か心が落ち着く気がする」

「……そうか」


 まるで事態を理解していないかのように、フリーディアは小さく息をついて辺りを見渡しながら、何処か楽観的に過ぎるとも思える感想を漏らした。

 そんなフリーディアに短く相槌を打つと、テミスは鉛の如く重たい身体を引き摺りながら、ゆっくりとした足取りで燐光に包まれた亮の傍らまで歩み寄る。

 その眼前には、素朴ながらも立派な門構えの大きな平屋が鎮座しており、開け放たれたままになっている門は、まるで誰かの帰りを待ち侘びているかのようだった。


「……立派な家じゃないか」


 ボソリ。と。

 屋敷とも呼ぶべき大きな家を眺めながら、テミスは小さな声で思いを零す。

 恐らくはこの屋敷が、亮がかつてあの世界で住んでいた家なのだろう。

 かつて自分が暮らしていた狭いワンルームなどとは比べ物にならないほど大きな家。

 そこにはきっと、亮を愛する家族や、亮の愛する妻も居るはずで。

 こうして突き付けられてしまうと、燐光によって形作られた虚像とはいえ、埋めようのない差を見せ付けられているかのようで。


「ッ……」


 何故か胸の奥底から湧き上がってきた、悲しみの混じった悔しさに、テミスは密かに唇を噛み締める。

 ここが何処なのかは正確にはわからない。

 地名すら知らない田舎の村なのかもしれないし、戦いによって焼かれ、テミスがかつて彼の世界で暮らしていた頃には既に無かったのやもしれない。

 けれど今。確かに眼前に在るこの屋敷は、途方もない温かさに溢れていた。


「きゃっ……!? ッ……!! テミスッ!!」

「っ……!」


 屋敷を前に立ち尽くしたテミスが、そんな感傷に浸っていた時。

 隣まで共に歩み寄ってきたフリーディアが突然悲鳴をあげると、警戒を孕んだ鋭い声と共に身構える。

 その視線の先では、座り込んだ姿勢のまま燐光に包まれていた亮の遺体が、ひときわ強い輝きを放っていた。


「……大丈夫だ。多分な」


 しかし、テミスは身構えたフリーディアを柔らかく制すると、亮の遺体と包み込んでいた燐光が人の形を模り、音も無く立ち上がるのを見守った。

 恐らくはそろそろ、この泡沫の夢も終わりを迎える時。

 果たして、夢を見ているのは私たちなのか、それとも亮なのかはわからないが、どちらにしても結末を見守る事以外は今更できる事など何もない。


「戦士の帰還だ。黙って見守ろう」

「……後で説明してくれるんでしょうね?」

「…………」


 覚悟を決めたテミスは、まるで燐光の人影に道を譲るかのように屋敷の門の正面を開けると、静かな声でフリーディアに告げる。

 その言葉に、フリーディアは不満気に鼻を鳴らした後、怪訝な表情を携えて問いかけるが、テミスは何も答える事無くただ燐光の人影を見つめていた。

 そんなテミス達の前で、燐光の人影は屋敷の門の前で深々と一礼をすると、僅かにテミス達の方を振り返るような素振りを見せてから、門の中へと駆け込んでいったのだった。

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