1749話 鬼気の一念
背後から必殺の一撃を叩き込んだテミスに対して、亮はあまりにも無防備だった。
それもその筈。亮とてつい今の今まで、全霊を賭してフリーディアと打ち合っていたのだ。テミスが斬り込んでくる気配を察する事は出来ていても、眼前の脅威であるフリーディアを優先せざるを得ない。
だからこそ、切り札たる一撃を以てフリーディアを仕留めにかかったのだ。
刺突を放った直後で伸び切った腕。
身を守るべき軍刀はフリーディアの肩を貫いており、身を翻して躱すには軍刀を手放さなくてはならない。
月光斬を躱したとしても、手負いとはいえ無手でフリーディアの追撃を凌ぐのは不可能。
勝負は決した。と。
テミスとフリーディアを含む、誰もがそう確信していた。
しかし……。
「ッゥゥゥゥウウウウウォォォォォオオオオオオオッッッ!!!!」
亮は慟哭を思わせるような荒々しい咆哮を上げると、石畳の上をすべるようにその身を捌いた。
躱すつもりか? だが、ただでは済まさんぞッ!!
刹那の間に気迫を纏った咆哮がぶつかり合い、テミスが更に固く大剣の柄を握り締めた時だった。
――ずるり。と。
フリーディアの肩に突き刺さっていた筈の軍刀が揺らめき、そのまま肉を裂いて刀身を露にする。
「――ッ!!?」
亮の刺突はただの刺突では無かった。
地面に対して刃を立てる形で突く通常の刺突ではなく、刃を寝かせて地面と平行になる形で穿つ刺突攻撃。
通常の諸手突きよりは奇襲性と威力に劣るものの、敵の身体から刃を抜き放つ工程を省略できる都合上、攻撃後の隙は格段に短くなるのだ。
とはいえ、迎撃に移る事はできたとしても、テミスの放つ月光斬は既に間近で。到底躱す事は不可能だ。
故に。フリーディアの肩口を裂いて抜刀した亮は、そのまま身を翻した力をも込め、自身へ向けて襲い来る月光斬を目がけて横薙ぎに軍刀を振るった。
「チェァリィィィャアアアァアアアアアアアッッ!!!」
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
テミスと亮。二人の絶叫が重なり合うと同時に、二振りの刃がけたたましい音を響かせながら真っ向から打ち合わされる。
必殺と必殺のぶつかり合い。
拮抗し鍔ぜり合うかに思えた打ち合いだったが、テミスとフリーディア、そして亮の予想に反して、決着は一瞬で訪れた。
「…………」
「…………」
「…………」
二つの斬撃が巻き起こした烈風が周囲に吹き付け、沈黙が訪れる。
決着の音。それは、キィン……。という、ともすれば聞き逃してしまいそうな程に小さく澄んだ音だった。
大剣を斬り下ろした格好のまま俯くテミスと、裂かれた肩を押さえて崩れ落ちるフリーディア。
対して亮は、手にした軍刀こそ刀身を三割ほど残して失ってはいたものの、堂々とした姿で仁王立ちをしていて。
この光景だけを見れば、戦いの勝者は亮に思える。
だが、次の瞬間。
「……見事だ。よもや、その斬撃にこれほどまでの威力があろうとは」
「…………」
亮は掠れた声でそう呟くと、折れた軍刀を握り締めた右腕から夥しい量の血を滴らせた。
テミスの放った月光斬は亮の軍刀を叩き斬り、上腕部分を削ぎ取っていったのだ。
けれど、亮の称賛の言葉にテミスが口を開く事は無く、ただ俯いていた顔をあげてゆっくりと立ち上がる。
そして。
「決着は付いたわ。武器を棄てて」
「…………」
「……いや」
亮の背後で膝を付いたままフリーディアが宣言するが、テミスはただ一言でそれを否定すると、酷く重たそうに大剣の切っ先を石畳に擦らせながら静かに構えを取った。
この戦いに降参は無い。
命を懸けて自らの世界への帰還を望む亮と、命を懸けて自らの居場所を守るテミス。
互いの事情を知るこの二人だけは、この戦いの終結を熟知していた。
故に。
「ゴホッ……!! さらばだ。亮」
「ッ……!!」
テミスは真にこの戦いの決着をつけるべく、ただ一言別れの言葉を紡いだのだが……。
介錯の一撃が振るわれるよりも早く、血飛沫と共に亮の右腕が閃いた。
「――ッ!!!! ぷぁッ……!!?」
腕を削ぎ取られて尚、手放す事の無かった軍刀の柄。
その一撃は、真正面からテミスの顔面……人中と呼ばれる急所へと突き刺さり、テミスは鼻血を散らしながら打突の威力に身体を反らして宙を舞う。
完全に警戒の外から叩き込まれた一撃は、テミスの意識を一瞬で刈り取り、僅かに遅れて届いた脳を貫くような痛みが強引に意識を覚醒させる。
「ッ……!! ッ~~~~!!!!!」
「なッ……!?」
亮の一撃を受けて吹き飛んだテミスに、フリーディアが驚愕の息を漏らした時……。
「生きて巡り合う事が叶わずともッ……!! せめてこの身だけはッ……!!」
「止ゼッ――!!!!」
高らかに吠えた亮は、テミスの制止を聞き届けるまでもなく、折れた軍刀を自身の腹へと突き立てたのだった。




