1748話 阿吽の呼吸
石畳を踏み切って前に出たテミスは、焦燥に塗れた胸の内でひとりごちる。
フリーディアと亮は今、互角の戦いを繰り広げている。
だからこそ、亮が繰り出さんとしているあの一撃は起死回生の一手。あの激しい剣戟の狭間を縫い、幾重にも突き立てられた針の穴に一本の糸を通すかの如く紡ぎ上げられた、正真正銘全力の一撃なのだろう。
一方で、フリーディアとて肉体を強化しているとはいえ、あれ程激しく連撃を続ける事は容易ではない。
故に、密かに番えられ、引き絞られている亮の必殺に気付く事ができる筈もなく、今もなお一気呵成に圧し切らんと懸命に剣を振るっているのだろう。
「ッ……!!!」
間に合うか……?
距離にして僅かに数歩を駆ける刹那の間に、テミスはぎしりと固く歯を食いしばって自問する。
時折見える構えから察するに、亮の携える逆転の一手は刺突。
これまでに繰り出された数々の斬撃から鑑みても、一度放たれれば割って入る事はおろか、防ぐ事すら不可能な一刺必殺の絶技の筈だ。
だが、テミスの見立てでは既に亮は刺突の構えを終えており、後は如何にしてフリーディアの勢いを崩すかという段階だろう。
必殺の刺突が放たれるのは最早秒読み。こうしてすんでの所で飛び出したは良いものの、防ぐ策など何一つ思い付いてはいない。
ただ一つ確実なのは。
フリーディアがやられてしまえばこの戦いに勝ち目はないという事。
「な……らばァッ……!!!」
テミスの大剣が亮へと届く距離まであと一歩。
気合だけで突き動かしている肉体に全霊を注ぎ込んだテミスは、後先を考える事無く跳び上がると、振りかざした剣に力を込めた。
どうせこの一撃を放てば、この戦いでは到底戦力に数える事などできない身体なのだ。
ならば、放つのは私が持てる最強の一撃。
即ち。魔力と闘気を用いて再現したまがい物ではない。
正真正銘本物の、月光斬を叩き込むッ……!!!
「っ……!?」
「クッ……!!」
「馬鹿なッ……!!」
瞬間。
亮を挟んだテミスの対角には、テミスの意図を察した三人が、青ざめた表情で各々の得物を構えながら飛び込んでいた。
一番最初に舞い降りたのは、テミスの大剣の如く紅の槍を構えたサキュドで。
その前後へ、ガンブレードを構えたレオンとカードを展開したライゼルが僅かに遅れて走り込む。
「……! 正直、助かるわ。アタシ一人じゃ、逸らす事が出来るかも怪しかったから」
「威力は削いでやる。お前が弾け」
「今の自分でどこまで迫れているか……試させて貰いましょうか!!」
紅槍に込めた魔力を迸らせながらサキュドが告げると、レオンとライゼルはそれぞれの思いを胸に言葉を返しながら、迎撃態勢に入った。
レオンは上段に構えたガンブレードのトリガーを躊躇う事なく引き絞ると、装填された弾丸の魔力を全て刃へと集約させる。
ライゼルは放ったカードに掌を翳して力を籠め、サキュドの前に立ったレオンの前に淡く輝く五枚の障壁を展開した。
無論。亮との戦いに全神経を集中しているテミスがサキュド達の動きに気付くはずも無く、今も尚フリーディアと切り結んでいる亮の背中へ向けて、煌々と光を纏った大剣を振り下ろす。
だが、その刹那。
「フッ……」
息を吐くような微かな音と共に、亮が僅かに口角を吊り上げると、斬撃を放ったフリーディアの剣が激しい火花を散らしながら、亮の軍刀の刀身を滑る。
テミスの刃が届く寸前に、皮肉にも僅かに早く亮の体制が整ったのだ。
三者が三様にゆっくりと引き延ばされたかの如く感じる時間の中。
亮に完璧な形で斬撃を捌かれたフリーディアの身体が無防備に晒られる。
そこへ即座に閃いたのは、溜めに溜められた亮の刺突。
肩の高さから水平に、閃光の如き一閃がフリーディアの胸を……心臓を狙って放たれる。
しかし、未だテミスの剣は大きく振りかざされたままで。テミスの月光斬が亮に届くよりも早く、亮の放つ一撃がフリーディアへと先に届くのは自明の理だった。
「ッ――!!!!」
しかし。
何をどう足掻こうとも時は既に遅く、テミスにはただ渾身の力を込めて亮へと月光斬を叩き込む以外に術はない。
ならば、一秒でも早く。もっと早く叩き込む。
そう心の内で絶叫しながら、テミスが大剣の柄を祈るように握り締めた時……。
「クス……」
テミスの耳が、確かに微笑む声を聞きつけると、その視線の先ではテミスへと視線を向けて微笑んでいるフリーディアが居た。
だが、その姿勢はつい数瞬前に亮に斬撃を受け流された時とは異なっており、剣を振り切る勢いに流されるかの如く、大きく体を半身に捻っていた。
結果。フリーディアの心臓を狙うべく放たれた亮の刺突は、フリーディアの鎧を切り裂いて胸元を浅く裂きながら疾り、その刃をぞぶりと肩口へ埋める。
「ッ……!!!」
フリーディアの肩を易々と貫きながら赤い血を帯びる軍刀。
しかし、眉間に深々と皺を寄せたものの、フリーディアの口元から不敵な微笑みが消える事は無く。
「任せたわよ。テミス」
テミスは己が耳元で、聞こえるはずも無いフリーディアの囁きを聞いた直後。
「ォォォォォォオオオオオオオオッッッッ!!!!」
猛々しい絶叫と共に、光り輝く大剣を亮へ向けて振り下ろしたのだった。




