164話 砕け散る想い
「グッ……クッ……」
その戦いで、先に苦悶の声を漏らし始めたのはライゼルだった。
額には微かに脂汗が浮きはじめ、視界の端が徐々に白く染まっていく。
「ハハハハッ! どうした? 動きが鈍いぞ! 私の腹を貫いた時の鋭さはどうした!?」
「さぁ……どうでしょう? ならばそのまま僕を切れば良いのではないですか?」
「っ……無論! そのつもりだ!!」
激しい言葉を交わしながら、テミスとライゼルは刃を打ち付け合う。一方で、圧倒的な優位にあるテミスの脳裏には一抹の疑惑が過っていた。
ライゼルのこの態度……罠か……? ライゼルの隙を盗み、テミスはチラリと宙のライゼルへと目を走らせた。
武器を打ち合わせるだけでわかる。圧と言い反応速度と言い、以前に戦った時よりもライゼルは明らかに弱っている。だが……。
「ハァッ!」
「ぐあっ……」
「……」
カードと剣が打ち合わされ、たららを踏んだライゼルが弾き飛ばされるように後ろへ飛び退く。顔をしかめるライゼルを見たテミスは目を細めると、意を決したかのように大剣を地面とは水平に構えた。
いつまでもこうして戦いを続ける訳にはいかない。ならば、罠であろうと誘いであろうと、その策ごと叩き潰すほかは無いッ!
「行くぞッ!」
「っ……」
凛と叫んだテミスを見て、カードを構えたライゼルは口元に微かな笑みを浮かべた。
やはり君は……そういう選択をするのか。ならば、僕もせめて敵らしく、自分の道を最後まで貫こう。
「お……おおおおぉぉぉぉぉォォォォォォッッ!!」
ライゼルは大きく咆哮すると、脚に全霊の力を込めてぐらりと傾いだ体を立て直し、テミスへ向けて駆け出した。
この時のライゼルの視界は、既に濃霧の中にでも居るかのように霞んでいた。彼女に折られたあばらは痛みを発し続け、これ以上攻撃を防ぎ続けるのは難しいだろう。
故に。一撃に一か八かの全力を賭けた勝負でテミスを制する他無かったのだ。
――ああ。強い目だ。
交叉の瞬間。引き延ばされた時間の中で、テミスとライゼルの視線が交わった刹那。ライゼルの胸中に去来したのは透き通った青空のような爽快感だった。
ライゼルの見たテミスの目には、眩しいまでの意志の光が宿っていた。
「僕の……負けだよ……」
テミスとライゼルの位置が入れ替わり、背中合わせに残心を終えるとライゼルはぽつりとそう零した。同時に、その体が大きくぐらりと傾いて地面へと倒れ伏す。
「フン……」
テミスはつまらなさそうに息を吐くと、剣を肩に担いでライゼルへと歩み寄った。
くだらない。実にくだらない戦いだった。
どうやら、本体のライゼルはテミスと剣を交えていた方だったらしく、彼が倒れ伏すと同時にサキュド達の攻撃を防いでいたライゼルの姿が掻き消えていた。
「戦闘終了。我々の勝ちだ」
もう。敵軍に我々を攻める力は残っていない。そう判断したテミスは、耳に手を当ててサキュドへと通信を送った。すると、全てを言い終わらぬうちに、雨のように降り注いでいた魔導爆撃がピタリと止まる。
「終わりだライゼル。何か……遺言があるのであれば聞いてやろう」
「そう……だね……」
テミスが肩に担いだ大剣をライゼルの喉元にあてがうと、弱々しく唇を動かしたライゼルが頬を緩めた。
「今生きている者達は……見逃してくれないかな?」
「…………」
「そんな……ライゼル様ッ……」
ガキンッ! と。そんなテミスの後ろから密かに歩み寄った兵士の剣が、テミスの甲冑に打ち付けられて空しく弾かれる。同時に、呟いたライゼルの言葉を聞いたのか、その場にへたり込んで首を横に振り始めた。
「一つだけ……聞かせろ」
「……なんだい?」
「この町を攻めようと話を持ち掛けたのは……お前か?」
それを完全に無視したテミスは、横たわるライゼルを見下ろすと冷たく問いかける。
憐憫の情など、我ながら下らない。けれど、ただ殺してしまうにはあまりにも哀れだった。
「いいや……ドロシーだよ。旨い話には裏がある……僕たちは特に……わかっていたはずなのにね」
「……そうか」
テミスはそう呟いて頷くと、ライゼルの首元に突き付けた大剣を高々と振り上げる。いわば、この男はあの女の私怨に巻き込まれただけ。利益ありとは判断したものの、その結果とはただの無駄死にだ。
ファントの平穏を脅かす片棒は担いだものの、元凶はこの男には無い。しかし、何かしらの結末が必要な以上、敵であるライゼルを討たない理由も無い。
ならば、せめてその最後は安らかに……。
「解った。我等の敵に回らぬ限りは……故郷へ返すと約束しよう」
「ありがとう……やっぱり……僕は選択を間違えたらしい……」
笑ってそう告げたライゼルの首へ、テミスは振り上げた大剣をギロチンのように一気に振り下ろしたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました