1744話 友の力を纏いて
身体の奥底から、力が沸き上がってくる。
テミスの支援を受けたフリーディアは、自身に起こった変化に驚きを隠せないでいた。
かつて白翼騎士団として戦っていた頃、支援魔法の導入を検討した事があった。けれど、効果は玄人であれば僅かに自覚できる程度のもので。
魔法の発動にかかるコストに対して得られる成果が割に合わず、結局支援魔法の導入は見送ったのだ。
だが……。
「っ……!!」
実際に剣を振らなくても理解できる程に、この魔法の効果は凄まじい。
全身が余すところなく活性化しているのがわかるし、身に纏った鎧が、手にした剣が、まるでは根の如く軽く感じられる。
「ッ……! そうだ、持続時間ッ……!!」
フリーディアは肉体の強化に伴う高揚から一瞬で醒めると、口の中で呟きながら、構えた剣の柄を固く握り締めた。
魔法の効力と消費する魔力の量は比例する。幾らテミスの魔力量が人間の域を外れているとはいっても、こんな途方もない効果を持つ支援魔法がそう長く保つわけがない。
なら、短期決戦を仕掛ける。
けれどさっきの打ち合いからして、私と彼の剣技の腕は互角……。否。未だに力の底を引きだせていないと考えるのなら、彼の腕の方が高みに在ると考えた方がいい。
「なら……私もテミスに倣って、少し無茶をしなくちゃね……」
油断なく眼前の亮へと視線を向け、斬り込む事のできる僅かな隙を探りながら、フリーディアは不敵な笑みを浮かべてひとりごちる。
どちらにしても、テミスの支援魔法の効果が切れれば勝ちの目は薄いのだ。
それなら何としても、この短時間で決着を――ッ!!
「おいフリーディア」
「……ッ!?」
「焦っているようだから言っておく後、その必要はないぞ。強化魔法はそれなりに保つし、長引けば重ね掛けしてやる。ま……相応の代償は払う事になるがな」
「なっ……!!」
きっと、焦りが構えにも出ていたのだろう。実際、気持ちがすごく前のめりになっていたのは自覚している。
けれど、それを察したらしいテミスの言葉は更に予想外で。
フリーディアは堪え切れずに大きく息を飲むと、構えた剣の切っ先を大きく揺らした。
「……つくづく、貴女には驚かされるわ。まさか、こんな魔法が使えるなんて」
大きく深呼吸をして自身の内に在った焦りを追い出すと、フリーディアは背後のテミスへとそう嘯いた。
思えば私たちは、これまで自分の持ち得る技術を全て教え合う事は無かった。
勿論、元々は敵同士であった訳だし、今はこうして肩を並べているとはいえ、またいつか剣を交える日が来るかもしれない。
そう考えれば当たり前の事なんだけれど。
「あんな大きな剣を軽々と振り回せる訳ね……」
普段から使っている魔法くらい、教えてくれてもいいじゃない。
フリーディアは胸の奥に沸き出でた想いをぼそりと零すと、脚に力を込めて前を見据えた。
そこでは変わらず、亮が微動だにする事無く剣を構えていて。
「お待たせして申し訳ないわ。斬り込む隙が見当たらなくて」
「……謝る事は無い。私も丁度、攻めあぐねていた所だ。よもや、呪いの類も心得があるとは」
「っ……?」
正々堂々と決着を付けんとする眼前の男に敬意を払い、フリーディアは静やかな微笑みと共に告げた。
警戒を絶やしたつもりはなかったけれど、心が浮ついていたのは事実。彼は攻めようと思えば、幾らでも私の隙をつく事ができたはずだ。
だが、そんなフリーディアの礼に返ってきたのは、苦笑の混じったぶっきらぼうな言葉だけだった。
「フリーディア。埒が明かん。お前が斬り込む隙が無いのなら、私が隙を作る」
「えぇ……。……えぇッ!?」
直後。
亮の言葉に応じたかの如く、フリーディアの背後から淡々としたテミスの声が響いた。
その声があまりにも当たり前の事かのように言い放つので、フリーディアは思わず一度頷いてしまったが、すぐに言葉の意味に気が付いて驚きの声を漏らす。
支援魔法を使いながら、攻撃魔法を扱う事の出来る人間なんて、いくらこの世界が広いとはいってもテミスくらいのものだ。
そう内心で、もはや驚きを通り越して呆れるフリーディアの脳裏からは、テミスが本来は人並外れた力を持つ冒険者将校だという認識が消し飛んでいた。
「やれやれ……。合わせろよッ……!! 氷の飛槍ッ!!」
「ッ……!!」
次の瞬間。
背後から凛と響くテミスの声が高らかに呪文を唱えると、幾本もの氷の槍がフリーディアを飛び越えて亮へと襲い掛かる。
しかし、亮は手にした軍刀を以て正確に襲い来る氷の槍を、瞬く間に斬り払った。
そんな、目にも留まらぬ斬撃によって砕かれた氷槍の破片が、キラキラと宙を舞う中。
「セヤァァァァッ……!!」
フリーディアは全力で石畳を蹴りつけると、金色のたなびきを残して亮へと斬り込んだのだった。




