1742話 競り合う意地と刃
「っ……! テ……テミ――」
「――ッ!!! 黙っていろッ!!!」
大剣と軍刀。二つの刃がギシギシと軋む音が響く中。
フリーディアはテミスの斬撃に応じた亮の足元へと投げ出される格好となり、自らの頭上で拮抗する二人の顔を見上げて言葉を零す。
しかし、皆まで言い切る前に、食いしばった歯の隙間から絞り出すような声でテミスが断じ、同時に打ち合わされた刃が再び軋みをあげ、小さく火花が迸る。
「喋る暇が……あるの……ならッ……!! さっさと……体勢を立て直せッ……!!」
テミスは、内に秘めた罵詈雑言を必死で削ぎ落とすと、眼前に肉薄した亮を睨み付けたまま、辛うじてフリーディアに指示を出した。
この拮抗はただの鍔迫り合いではない。
それは、刃を合わせているテミスが誰よりもよく理解していた。
膂力はほぼ互角。しかし、剣を操る技量は亮の方が数枚上手だ。故に今も、テミスは手の内から逃れんと暴れ狂うウナギを掴み続けるかの如く、刃を流さんと力を逸らし続ける亮に必死で喰らいついているのだ。
技量で劣っているテミスとしては、一度刃を払って距離を取り、仕切り直した方が都合がいい。
だが、足元にフリーディアが転がされている以上、刃を払えば巻き込んでしまう可能性は高く、また力の逸らし方を鑑みても、亮がそれを狙っているのは容易に感じ取れた。
「クゥッ……ッッ……!!」
「フゥム、思ったよりもいい腕をしている」
「お褒めに与り……光栄だッ!! 今に見ていろ……その余裕をッ……!?」
「……これも応ずるか。フフ……面白い」
「クソッ……!!」
表情を歪めるテミスに対し、亮は未だに悠然とした表情を浮かべていて。
対するテミスの表情は苦々しく歪んでおり、額から流れ落ちた幾筋もの汗が頬を伝っている。ただそれだけが、この互角に見える競り合いの真実を映していた。
二人は言葉を交わす間にも、亮は金剛力を以て押し込まれるテミスの刃を逸らすべく、僅かに刃を傾かせており、その度にテミスは大きく刀身を揺らしながらも、すんでの所で拮抗を保つ事に成功する。
このままでは、こちらが消耗する一方だ。
僅かな時間の中で、自身の圧倒的な不利を察したテミスは、状況を打開すべく更に大剣へと力を籠めた。
「ム……」
「まだ……力の底を見せたつもりなど……無いぞッ!!」
「そのようだな」
テミスが身体ごと亮に詰め寄る形で力を籠めると、競り合う武器の軋みはより一層大きくなり、その大きさに比例してテミスの握る大剣の切っ先の揺れも大きさを増す。
これは一種の賭けだ。
武器が軋む音を聞きながら、テミスはそう胸の中でひとりごちる。
刃を押し込む力を増せば、当然捌かれた時の危険度は増す。
だが、ただ鍔迫り合いを続けた所で、こちらの消耗が激しくては話にならない。
要は、フリーディアが足元から這い出るまで保てばいいのだ。
ならば多少なりとも危険であっても、翻弄され続けるよりは価値がある筈だ。
「良い剣だ。そうも力任せに押し込まれてしまうと、こちらの得物が折れてしまいそうだ」
「ハン……! 叩き折ってやりたいのはやまやまだが……なッ……!!」
「……そろそろ良いか」
「ッ……!!」
そんなテミスの思惑を知ってか知らずか、亮はチラリとテミスの大剣へ視線を向けて嘯くと、再び刃を傾がせた。
しかし、テミスは即座にそれに応ずると、ここに来て初めてニヤリと不敵な笑みを浮かべて口を開く。
これならば御しきれる。
最初は翻弄されてばかりではあったものの、亮が力を逸らさんと動くタイミングを掴みかけたと感じたテミスは、密かに反撃へと思考を切り替えた。
だがその時。
口角を緩めた亮が静やかに呟きを漏らす。
「こんな手もある」
「なッ……!?」
瞬間。
言葉を続けると共に亮は足を閃かせると、テミスに足払いを仕掛けた。
けれど、鍔迫り合いに神経を集中させていたテミスがこれを躱す事ができる筈もなく、軸足を払われたテミスはグラリと体勢を大きく傾がせる。
それは、拮抗していた鍔迫り合いの終わりを意味しており、シャリィィィィッ!! と刃金が擦れる激しい音と共に、力を受け流されたテミスの大剣が宙を薙いだ。
「しまっ……!!」
「大した力だ。だが、まだまだだな」
「がハッ……!!!」
体勢を崩したテミスの視界の中。空を薙いだテミスの大剣の傍らで、亮の軍刀の刃が怪しい煌めきを放つ。
やられるッ……!!
姿勢を崩したテミスの脳裏に本能が叫びをあげ、振り下ろされるであろう一撃に応ずるため、テミスは固く握り締めた大剣の柄を掲げた。
だが、直後にテミスを襲ったのは、腹部を刺し貫くが如き強烈な衝撃で。
高々と振り上げられた軍刀よりも早く、振るわれた亮の拳が突き込まれたのだとテミスが理解する前に、テミスの両足が宙に浮いた。
「きゃッ……!?」
そして、まともに亮の拳打を喰らったテミスは、辛うじて二人の足元から這い出し、ちょうどテミスのすぐ傍らで立ち上がりかけていたフリーディアを巻き込むと、二人まとめて大きく後ろへと吹き飛ばされたのだった。




