1741話 逃れ得ぬ斬撃
斬撃を弾かれたフリーディアに、亮の応撃を返す術はない。
痺れる腕と、自らを目がけて迫り来る白刃を前に、フリーディアは自身の慢心を悔いていた。
慢心といえど、フリーディアとて亮を侮っていた訳ではない。自らと互角以上の力量を持つテミスを一度は退けた相手なのだ、当然全力を以て斬り込んだ。
けれどそこに、自信ともいうべき過信があったのは間違い無い。
テミスはその強さに対して、剣技は幾らか拙い部分がある。
だからこそ、剣の技量を以てテミスに迫る自分であれば、如何なる技を持つ剣士の斬撃であろうと捌き切る事が出来る。
そんな思いは、テミスの放つ一撃を思わせるような強烈な一閃によって、粉々に打ち砕かれた訳だが。
「ッ……!!!!」
それでも、フリーディアの瞳から輝きが消える事は無かった。
剣で受ける? 痺れた腕ではあれ程強烈な斬撃を受け切ることはできないし、何より一度力んでしまったこの腕では、既に放たれた斬撃に応ずることはできないだろう。
なら、躱す? とはいえここは敵の間合いの奥深く、その上体勢を崩されている今では碌な回避行動すら取ることはできない。
それならいっそ……耐える……? いや、無理だ。いくら鎧を着こんでいるとはいえ、回避に重点を置いたこの鎧では、こちらの斬撃をたった一撃で弾き飛ばしてしまうような剛剣を受け切れるはずも無い。
だったら……!!
刹那の内に幾つもの考えがフリーディアの頭の中を巡り、一つの答えを導き出した。
事ここに至ってしまっては、最早この斬撃を受ける外に手は無いと。
なればこそ、と。
フリーディアは固く歯を食いしばり、硬直した身体を無理矢理に捻って上体を反らし、斬撃の軌跡から急所を逃す。
たとえ深手を負わされようとも、致命傷だけは躱してみせる。
敵の刃から逃れ得ぬ絶体絶命の状況下で、それがフリーディアにできたせめてもの抵抗だった。
「…………」
「ぇ……」
だが直後。
フリーディアの唇から掠れた声がぽそりと零れ落ちる。
それもその筈。
上体だけでも後方へと反らして、亮の間合いから逃れたはずだった。
だというのに、未だに亮の身体はフリーディアに肉薄していて。
下段から迫り来る剛然たる斬撃の軌道も、逃れる前と変わる事なくフリーディアの身体を逆袈裟に両断している。
「っ……!!」
瞬間。
フリーディアは理解した。
肉薄し、捻り上げた亮の身体の向こう側から僅かに覗く彼の足。
それは亮が、フリーディアの攻撃に対して強烈な斬撃を以て応じながらも、更に一歩踏み込む為の力を残していたことに。
つまり、斬り込んだフリーディアに応じた一撃目とは異なり、この二撃目は踏み込みをも伴って放つ斬撃。
当然、その威力は桁違いに増すのは自明の理だ。
――死。
冷たい予感と共に、フリーディアは自身の身体が両断される未来を明確に直感した。
それは数瞬後に確実に来るであろう未来であり、フリーディア自身には最早何一つ打てる手は残っていなかった。
「ォオッ……!!!」
刹那。
雄叫びと共に、一つの影が横合いから亮へ向けて突進する。
その手に掲げられているのは漆黒の大剣。
目を剥き、唇を歪めた顔に浮かぶ焦りから、テミスが無理やり斬り込んできたことに間違いはない。
けれど、ちょうど八相の形で構えられた大剣は、確実に亮をその刃の内に収めている。
対して、亮はフリーディアを狙って斬撃を放った直後。
受ける太刀は既に無く、躱すにしてもたった今、二撃目の放つために踏み込んだばかりだ。
……無駄じゃなかった。
一瞬の内に付いたであろう決着を目にしたフリーディアが、胸の内でそう呟いた時だった。
「ッ……!!!」
更に前へ。
亮は肉薄したフリーディアの身体すら抱き込むかのように前進すると、既に放たれていた二撃目の斬撃が形を変える。
一撃を弾いたフリーディアを斬る為の斬撃から、斬り込んできたテミスへと応ずる為の一撃へと。
そして……。
「――オオオオオオッ!!!」
「ッ…………」
バギィィィンッッッ!!! と。
周囲に響き渡る強烈な音を奏でながら、振り下ろされた大剣と振り上げられた軍刀が激しく打ち合わされたのだった。




