1740話 刹那の見切り
テミスとフリーディア、そして亮は、言葉を交わす事無く鞘走りの音を響かせながら抜刀すると、各々にゆっくりと構えを取った。
身体を真半身に、正眼の形で剣を構えるフリーディア。
テミスは下段に構えた大剣の切っ先を自身の背後の地面へと向け、突撃の姿勢を取っている。
対する亮の構えは、正眼よりも僅かに下、歩きはじめのように僅かに腰を沈めた格好で姿勢を留め、鈍色に輝く軍刀の切っ先をテミスの目へと向けていた。
構えこそ三者三様ではあるものの、その身から発せられる気迫はすさまじく、今日この日まで激戦を潜り抜けてきた黒銀騎団の精鋭たちでさえ、いとも容易く呑まれて固唾を飲んでいる。
「……はじめの合図は?」
「試合じゃないんだ。そんなものは要らんさ」
「ウム……時が来れば自ずと解ろう」
「愚問だったわね……御免なさい」
「フッ……律儀なお嬢さんだ」
武器を構えて見合ったまま、張り詰めた緊張の内でフリーディアが口を開くと、示し合わせたかの如くテミスと亮が口を開く。
矢継ぎ早に返されたその言葉に、フリーディアは微かに眉根を下げると、何処か沈んだ声で謝罪を述べた。
そんなフリーディアを見て、亮は口元に不敵な笑みを零すが、彫像の如く固められた構えが微動だにする事は無く、テミス達へと向けられた意識が揺らぐ事も無かった。
「そんな事よりもフリーディア。気を抜くなよ?」
「解っているわ。正直、そんな余裕ないわよ」
「フン……解っているのならば良い」
テミスは亮と互いに刺すような視線を向けて見合ったまま、傍らに立つフリーディアに声を掛けると、頬に汗を伝わせたフリーディアが低い声で言葉を返した。
事実として、テミス達は今、剣こそ構えてはいるものの、ただ立っているだけに過ぎない。
けれど、眼前に立つ敵へ全神経を集中させる必要があるこの場においては、ただ剣を構えて立っているだけでも消耗は早く、瞬く間に体力と集中力が削られていく。
そうしている間にも、テミスは初撃を仕掛けるべく頭の中で幾通りかの軌跡を想像するが、その事如くが二手目で斬って捨てられていた。
「チィ……!!!」
易々と勝てる相手ではない。
そう理解していたからこそ、テミスは敢えて突撃の構えを取るように見せかけ、その実返し技での一撃を狙っていたのだが。
亮はそれすらも見抜いているかの如く動く事は無く、ただテミスの目へと切っ先を向け続けていた。
互いに万全に備えているが故に保たれている均衡。
この均衡を崩さぬ事には永遠に決着がつくことはあり得ないが、均衡を崩した者が隙を晒す羽目になるのは火を見るよりも明らかだった。
「ッ……!!!」
「…………」
「っ……!!」
刻一刻と。
一秒が永遠にも感じられる濃密な時間が過ぎ去っていき、ただ緊張だけがうず高く積み上がっていく。
だがこの場には、痺れを切らして野次を飛ばすような無粋な者は居らず、固唾を飲んでこの戦いを見守る者たちは皆、身じろぎ一つすることなく途方もない緊張に身を浸していた。
その時だった。
「ッ……!!!」
ゆら……と。
テミスの瞳へと向けられていた軍刀に切っ先が僅かに揺らめき、刃筋が微かにテミスの身体の芯から外れる。
刹那。
フリーディアは迷うことなく力を溜め続けていた脚で石畳を深々と蹴り抜き、亮へ向けて突進した。
「ッ……ハァァァアアアアアアッッ!!!」
仕掛けるのならば自分しか居ない。
相対している間から感じていた確信に身を委ねたフリーディアは、正眼に構えた剣を僅かに引いて、亮の胴から胸元へ向けて薙ぎ払うように斬撃を放つ。
とはいえ、フリーディアとて真正面から仕掛けたこの斬撃が決まるなどとは思ってもいない。
幾ら剣をテミスへと向け、見合っていたとしても、一合たりとも剣を交える事無く人一太刀を浴びせることは不可能だ。
だからこそ、この斬撃は次への布石。
たとえ受けられたとて刃を流して次の攻撃へと繋げ、躱されたとしても姿勢を崩す事は出来る。
そんな意図があったのだが……。
「カァッ……!!!」
「――ッ!!?」
バギィィィィィンッ……!!! と。
剣を合わせた瞬間。裂帛の気合の吐息と共に、フリーディアの手へと、腕ごと剣を弾き飛ばされてしまいそうなほど強烈な衝撃が叩き付けられた。
無論。それはフリーディアの仕掛けに応じた亮が放った斬撃で。
フリーディアは想定外の強烈な一撃に息を飲んだものの、辛うじて剣を手放す事は無かった。
しかし、剣を手放さない為に力を込めたせいで体は硬直し、亮に肉薄した状態で動きが止まってしまう。
「チェリィヤアアァァァッ!!」
その最中でも、一度閃いた亮の剣が動きを止める事は無く。
斬り下ろした剣を跳ね上げるようにして放たれた亮の第二撃が、無防備なフリーディアへと襲い掛かったのだった。




