1739話 ファントの双翼
テミス達が連れ立って向かった先、ファントの中央広場ではフリーディアの指揮の元で黒銀騎団が待機していた。
実質、占拠する形となった中央広場の周囲には、何事かと集まってくる見物人も居たが、広場の中にまで踏み入る事は出来ずに立ち止まっている。
そんな見物人たちの傍らを、テミスと亮は悠然と歩み、人の壁となった兵士達によって広場の内へと招き入れられる。
「……テミス!」
「…………」
ゆっくりとした足取りで向かってくるテミス達を真っ先に迎えたのは、フリーディアとマグヌスたち副官だった。
しかし、己の名を呼んだフリーディアの声にテミスが応える事は無く、黙したまま亮と共にフリーディア達の待つ広場の真ん中まで歩み寄った。
「そちらの人が……その……」
「あぁ。名を亮と言う」
「そう。テミスから聞いているかも知れないけれど……私の名前はフリーディア。今は彼女の側付きをしているわ。それで……」
言葉少なに紹介を受けたフリーディアは、顔をあげて亮へと名乗った後、再びテミスへと向き直って、真剣な顔で問いかけるように言葉を濁す。
フリーディアの言外の問いなど、考えるまでもなく一つしかない。
この作戦を始める前にここで話した秘策。つまり、亮をこの町に招き入れんとするテミスの策の正否を問うているのだ。
「クク……振られたよ。こっぴどくな。どうやら、我々がぶつかり合うのは避けられん定めらしい」
「ッ……!!! そんな……ッ!!」
「おっと、フリーディア。間違っても次は自分が説得をしようなどと考えるなよ?」
「何でよッ!? テミス! 口下手なあなたの事だもの、きっとうまく伝わっていないに違いないわッ!!」
「フッ……」
淡々と自身の策の失敗を告げるテミスに、フリーディアは息を飲んだ後、力強く身を翻して亮へと視線を向けた。
だが、フリーディアが言葉を発するより前にテミスが制止をかけ、目を剥いたフリーディアが気炎を上げる。
そんな二人の姿を前に、亮はただ僅かに口角を緩めて笑みを零しただけで、何も言葉を発する事は無かった。
その傍らで、テミスは深いため息をひとつ吐くと、興奮するフリーディアを諫めるべく口を開いた。
「あのなぁ……フリーディア。少しは空気を読め。もうそういう段階では無いんだ」
「でもッ……!!」
「でももしかしも無い。これは私と亮が導き出した答えだ。お前が如何に言葉を重ねた所で、変わる事はあり得ない」
「クッ……!!」
必死の形相で食い下がるフリーディアに、テミスはすげなく言葉を重ねると、取りつく島もなく一気に畳みかけた。
事ここに及んで、再び言葉を重ねるなど愚行にもほどがあるし、何より一度結論が出た話を蒸し返すのは、亮に対する侮辱でもあるだろう。
「……よって、これから行うのはこの町の行く末を賭けた決闘だ。お前達は一切の手出しは無用。だが……」
「……?」
テミスの有無を言わさない気迫に、フリーディアは唇を噛み締めて押し黙る。
それを確認したテミスは、僅かに間を置いてから大きく息を吸い込むと、この場に集った兵達にも届くように声を張り上げた。
しかし、テミスは中途半端に言葉を切ると、再び視線を悔し気に押し黙るフリーディアへと向け、クスリと不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「フリーディア。お前は別だ。手を貸してもらうぞ」
「はっ……? …………。えぇっ……!? 手を貸すって……貴女……!!」
「何、妙な顔をしているんだ? 言っただろう。この町の行く末を賭けた決闘だと。ファントの町は人魔融和の町。なればこそ、相手をするのはそれぞれの代表たる我々が妥当だろう」
「決闘では無かったの!? それに……二対一なんて……!」
「そういう訳だ。亮。問題はあるか?」
決闘とは、互いの誇りと信念をかけて一対一で行うもの。
そんな常識とはかけ離れたテミスの宣言に、フリーディアは戸惑いと焦りを露わに、黙したまま佇む亮に目を向けた。
しかし、テミスは悪びれる素振りを見せる事は無く、逆に当然だとでも言わんばかりの態度で亮へ問いかける。
「問題無い。元より、こちらは襲撃を仕掛けた身。この場の全軍を以て相手取ると告げられても文句は言えんのだ」
「なっ……!? 正気なのッ……?」
「無論。私に二言は無い。寧ろ、部下を捨て石としないその心に感服している」
「フリーディア。あまりこの男を侮るなよ? 我々が相手をしなければ、こちらに甚大な被害が出る。私はそう判断した」
だが、亮はテミスの問いにコクリと小さく頷くと、胸を張って堂々と答えを言い放った。
その言葉には、自身の持つ強さに対する絶対の信頼が満ち溢れていて。
フリーディアが思わずゴクリと生唾を飲み込むと、そこへテミスが追い打ちをかけるかの如く、緊張感の滲む声色で言葉を添えた。
「…………。わかりました。では、今この時だけは……テミスの側付きとしてではなく、白翼騎士団が団長として、全霊を以てお相手をします」
そんな二人の言葉に、フリーディアは大きく息を吸い込みながら目を瞑った後、凛とした声で宣言すると共に、静かにその目を開いたのだった。




