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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第27章

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1738話 譲れぬが故に

 たったの一言。

 それも、テミスの名を呼んだだけの一声で、店の中を満たしていた和気藹々とした楽し気な雰囲気は霧散し、深海のような重たい沈黙が訪れる。

 その雰囲気そのものが、既に亮の答えを物語っており、テミスは密かに歯を食いしばった。


「心遣いは感謝する。お前がそう言うのならばこのファントという町は、長く放浪してきた私でさえも受け入れてくれる度量があるのだろう。だが、ここはお前の居場所であって私の居場所ではない」

「っ……! そう感じるのもはじめの内だけだ。お前にとっても必ず、この町は住み良い場所になるだろう!」

「帰るべき故郷を忘れ、残してきた家族を過去とし、安穏と過ごす事を私は良しとはしない。考えてみてくれ。もしもお前が今、彼の世界へと戻されたとしたらどうする?」

「なにっ……!? それは……」


 問われてすぐ、テミスの脳裏に浮かんだのは、ただ帰還の二文字だった。

 どのような姿形であろうと、元の世界に私の居場所は無い。

 だからこそきっと、誰にも心を許す事は無く、ただひたすらにファントへの帰還を求めて駆けずり回るのだろう。

 仮に居心地の良い場所から手を差し伸べられたのだとしても、その手を振り払って。


「……そうか。理解したよ」

「すまんな。だが、私を迎えようとしてくれたお前の心は嬉しく思う。私の帰り着く先が何処へ繋がっているのかはわからんが、この恩を生涯忘れる事は無い」

「忘れてくれて構わんさ。やれやれ、とんだ見当違いだった訳だ。やはり私には向いていないな。他者を救うだなんて」

「いいや。忘れんさ。少なくとも、乾き切っていた私の心は救われた。たとえ相容れずとも、これだけは覚えておいてくれ」

「そうかい。そう思うのならば、思い直してくれても構わんのだぞ?」

「ハァ……お前さん、顔に似合わずねつこいな。何度問われようと、如何なる条件を並べられようとも、私の意志が変わる事は無い」

「知っているさ。嫌味だよ。すげなく振った女に覚えていろなどと言ったんだ。当然の仕返しだろう?」


 意志の籠った言葉で話を続けた亮に、テミスは飄々とした態度で応ずると、手元の酒を飲み干してお猪口を置いた。

 元より、交渉が成る可能性など無かったのだ。

 それ程までに亮の意志は固く、揺らぐ事のないその想いは今もなお彼の胸を焦がし続けている。

 ならば、この会談に意味は無かったのか?

 否。決して相容れぬからこそ互いを知り、互いを知ったからこそ相対する者の想いを飲み干していくことができるのだ。

 望郷の思いは理解する。だが、その為にファントを犠牲にする事は許さない。

 それでも尚、止まらないというのならば……。


「ふ……自分で言うのは面映ゆいが、これでも私は妻一筋なんでね。浮気などする気は毛頭ない」

「ならば潮時だ。これ以上交わす言葉もあるまい。場所を変えるぞ。決着をつけるとしよう」

「うむ。店主よ。どれも美味かった。馳走になった」

「ユヅル。請求は黒銀騎団宛てに回しておいてくれ。今度は個人的に顔を出すよ」


 自身の皮肉に軽口を返した亮に、テミスはクスリと微笑みを浮かべると、ガタリと音を立てて席を立った。

 どちらも譲ることができないのならば、相手をなぎ倒して進む他に道は無い。

 そうと決まれば、ダラダラと決着を先延ばしにした所で、百害こそあっても一利すら無いだろう。

 その一点において、テミスと亮の考えは同じらしく、二人は逡巡する事無く席を立って戸口へと向かっていった。


「あ……その……。……ありがとう、ございました」

「……テミス」


 そんな二人の背に、ユヅルは力無く礼を告げると、戦場へと赴くのであろうテミスたちへカウンターの中から悲し気な視線を向けていた。

 しかし、テミスが店の外へと出て、後に続く亮が敷居を跨ぎかけた時だった。

 亮は店の戸口で突然足を止めると、テミスの背へ向けてその名を呼びかける。


「店を出る前に一つだけ、酒を酌み交わした友として言わねばならん事を思い出した」

「……何だ?」


 その言葉を聞いたテミスは、怪訝な顔を浮かべながらもその足を止め、店の中に立つ亮を振り返った。


「私とて負ける気など毛頭無いが……。剣術を磨きたいと言っていただろう? ならば、相対する私の動きをよく見て覚えておくことだ。私も、この剣技は上官殿からそうして仕込まれたものだ」


 亮は振り返ったテミスの眼を真っ直ぐに見据えてそう告げると、答えを待つことなく店の敷居をまたいで前へと進んだ。

 その言葉には、厳かながらも確かな温かさが込められていて。


「あぁ……せいぜいしっかりと吸収させて貰うさ。これからの為にな」


 そんな亮に、テミスは皮肉気に頬を吊り上げて笑みを零しながら言葉を返すと、身を翻して決戦の場へと足を向けたのだった。


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