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16話 第101先遣隊

「早く行かないと……」


 テミスは呟くと、派手に甲冑を鳴らしながらリョースに示された階段を駆け下りる。甲冑の重さは大したことないが、視界が狭すぎて転びそうだ。


「ええい、ヘルムくらい脇に抱えればいい!」


 独特の動物臭がする扉の前で苛立ちを叫ぶと、テミスはヘルムを脱いで脇に抱える。よくよく考えれば、戦闘の直前に被ればここからずっと装備していく必要は無いはずだ。


「お待ちしておりました」

 テミスがヘルムを小脇に抱えて扉を開けると、武装した先ほどの男と、大きな槍を持った小さな女の子が待っていた。


「先ほどは済まなかった」

「……いえ」


 テミスは男に魔王の前での行いを謝罪し、改めて各々の顔を見る。彼等の若干不満そうな顔を見る限り、やはりリョースの言う通り言われたから従っているだけのようだ。


「私はテミス。ギルティア殿より、君たちを率い、先遣隊としてファントの町の防衛を行う。敵冒険将校が居た場合は私が叩く。君達には周りの兵を任せたい」


 テミスは静かにそう告げて、二人の視線を受け止めた。

 今は個人の感情なんてどうでもいい。ひとまず、あの町さえ守れれば……。


「やはり納得できませんわね。何故、私達が人間なんかの下に? 大層な装備で身を固めているようだけど――」


 突如。不満気な言葉を残して、小さな女の子の姿が掻き消えた。

 否、凄まじい速さで跳躍したのだが、強化された動体視力を持つテミスは、その姿を逃す事無く捉えていた。


「ハァ……」


 テミスはため息と共に、後方から首を狙う攻撃をガントレットで防ぐ。ひと際高い金属音と共に腕に軽い衝撃が伝わってくる。


「へぇ……やるじゃない。人間のクセに」

「そちらこそ、幼女が紛れ込んでいると心配していたが、杞憂に終わりそうで何よりだ」


 テミスは軽口を返しながら、幼女の鋭い爪を軽く押し返して元の位置へ降り立たせる。一刻も早く町に向かいたいが、その前に背中から刺されるのも御免だ。ある程度の力はここで示さなくてはならない。


「時間が無い。お前もやるか?」

「いえ……」


 そう考えたテミスは男に向き直って問いかけるが、男は首を振ってそれを辞退した。


「我が名はマグヌス・ド・ハイドラグラム。ギルティア様の命により、テミス殿の配下に着任します」


 男は代わりと言わんばかりに軽く頭を下げ、名乗りを上げた。


「サキュド・ツェペシ。同じく、着任しますわ。あと、この姿は仮の姿故、ご承知おき願います」


 どこか迫力のある笑顔で、幼女改めサキュドが付け加える。


「サキュドの容姿の事は、触れない方が賢明かと」


 マグヌスに耳打ちされて苦笑いを浮かべる。なるほど、そう言うタイプか。


「了解した。今後どうなるかはわからないが、ひとまずよろしく頼む」

「はっ」


 軍隊よろしく、マグヌスが姿勢を正して敬礼をした。


「ククッ……」


 テミスは思わず、その毅然とした態度と背景のギャップに笑いがこぼれた。黒い立派な甲冑を身に付け、馬小屋で作戦会議など何と間抜けな事か。


「何か?」


 サキュドがドレスのような服に付いたわらを払いながら、不機嫌そうに声を上げる。彼女も姿勢こそは正していないが、一応は付いてきてくれるようだ。


「いやな、何ともおかしな絵面ではるまいか? 魔王軍の将兵と、立派な甲冑の人間が馬小屋で作戦会議だ」

「ええ全く。それだけなのでしたら、早く出立しませんこと?」


 サキュドの眉間に深い皺が寄る。まるで、この間抜けな絵面の責任が全て、私のせいであるとでも言いたげな表情だ。


「ま、いいさ。勇を以て義を示せ。それが私に下された命だ。まずはお前達に私の力を見せてやろう」


 テミスは、不機嫌そうに黙って馬へと移動する二人を見ながら宣言する。

 この二人を納得させられなければ、この先魔王すらも納得させる正義を成すなどと言う、言葉にすると滑稽極まりない事などできないだろう。


「なら、さっさと馬に乗って、早く号令をして下さらない?」

「はっ?」


 声の方に目を向けると、馬上からサキュドがこちらを睨んでいる。いつの間にかマグヌスも馬に乗り、困惑した眼差しでこちらを眺めていた。


「…………」


 その二人の真ん中には、いっとう豪奢な、漆黒の馬鎧を装備した軍馬が一匹、おあつらえ向きにつぶらな瞳でテミスを見返していた。

 冗談では無いぞ。漆黒の甲冑だけでも十分にアレな外見だと言うのに、この上さらに馬まで黒づくめだと? 厨二病も大概にしてくれ!


「あ、ああ……。この馬で、良いのか?」


 せめてもの抵抗とばかりにテミスは厩舎を見渡し、丁度対面に居る二人の乗る馬と同じ馬鎧を付けられた馬に近寄りながら問いかける。


「テミス殿、それは一般兵の馬です。我らの間の、黒い馬鎧の早馬をお使いください」

「………………そうか」


 テミスは長い沈黙の後、一抹の希望を砕かれてがっくりと肩を落とした。黒い大剣に漆黒の甲冑、そして馬まで真っ黒だなんてまさに……。


「いっそ、黒いマントでもつけてやろうか……」


 そう呟きながらテミスは、ヘルムを被り直して馬に跨る。拘束された馬に武装した跨る姿は、まるでごっこ遊びのようでちょっと恥ずかしい。


「ふふっ……では、私の後に続いて復唱して下さい。テミス殿の立場上、外ではご助力できません故、一度で覚えて下さい」


 右隣で、少し緊張感の緩んだマグヌスが、うっすらと笑みを浮かべながら声を上げる。


「第101先遣隊。出撃!」

「だ、第101先遣隊。出撃ッ! ――うわわっ」


 テミスが雄々しく叫びを上げるマグヌスに続いて号令を上げると、突如馬と共に白い光に包まれる。


「ったく、みっともないから、しっかりとしてくださいまし」


 光に目を瞑り、慌てて馬に縋る私の左隣から、サキュドの声が聞こえてくる。


「う、うるさい! 何が起こるか先に……って」


 ふと、臭気の無い新鮮な空気に言葉を止めて目を開ける。するとそこは、見覚えのある魔王城の正門のド真ん中に居た。


「転移魔法による定点移動術式です。それよりも……」


 突然の出来事に戸惑うテミスに、マグヌスが囁いた。促されて辺りを見ると、出現したは良いがいつまでも動かない私達に、後処理をしていた衛兵たちの目線が集中している。


「い、行くぞっ!」

「ハッ!」

「やれやれ……」


 左側から、なにやらため息のようなものが聞こえた気がするが、テミスは無視して馬を駆った。

 叱咤を入れられた騎馬はテミスを先頭に、飛ぶようにヴァルミンツヘイムのメインストリートを抜けて、つい先ほど潜った町の外門から放たれた矢のように飛び出していく。


「これは、早いな……どれくらいでファントに着く?」

「この速度で駆ければ、馬や我々の休息を鑑みても、明朝には到着できるかと」

「明朝か……厳しいな」


 マグヌスが馬の速度を上げて、テミスに並走しながら問いに答える。なんとかギリギリで間に合うといった所か。できればもう少し猶予が欲しいが、この際贅沢は言えないだろう。


「テミス殿」

「何だ?」


 並走しながらマグヌスが声をかけてくる。正直、車並みのスピードで走る馬の制御で精いっぱいなので、手短に済ませてもらいたい。


「101先遣隊と言うのは、我らの中での仮の符丁です。対外的には、第十三独立先遣隊と」

「了解した。あと……」


 テミスは恐る恐る手綱から左手を放して、サキュドにも近くに来るようにジェスチャーをする。


「何ですの?」

「私の名を、ファントの町で絶対に口にするな」


 先ほどから、マグヌスが名前で呼んでくれているが、非常に都合が悪い。マーサたちの前で名を呼ばれようものなら、何のためにこの窮屈なフルフェイスヘルムを被っているかがわからなくなる。


「何をわざわざ面倒な……」

「命令だ」

「っ……わかったわよ」


 不満気なサキュドに、殺気を込めた視線を送り黙らせる。申し訳ない気もするが、これだけは絶対事項だ。


「では、隊長と」

「それで頼む」


 静かに声を上げるマグヌスに、心の中で感謝しながら頷く。信用こそ得られていないのだろうが、マグヌスもサキュドのように反発されたら目も当てられない。


「サキュドも、良いな?」

「はいはい、解りました。隊長殿」


 あろうことか、疾駆する馬の上でやれやれと両手を上げるサキュドに釘をさして視線を戻す。見覚えのある旅路を、凄まじい速度で逆走しているのは何だか妙な気分だった。


「待ってろ、アリーシャ、マーサさん‥…皆ッ」


 ヘルムの中で家族の顔を、世話になった人達の顔を思い浮かべる。彼女たちを守る戦いは、どうあれ正義に違いないだろう。そんな事を考えながら、テミスは徐々に夕闇へと沈んでいく長い帰路にひたすら馬を駆けさせるのだった。

8/1 誤字修正しました

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