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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第27章

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1735話 時を紡ぐ器

「はいよッ! お待ちどう様です! ファント特製ラーメン二丁!!」


 中央広場での立ち合いから少し後。

 テミスと亮の姿は、ユヅルの店のカウンターにあった。

 しかし、いつもは多くの客で賑わう店にはテミスたち二人以外に姿は無く、がらんとした寂しい雰囲気が漂っていた。


「…………。らぁめん」

「あぁ。ラーメンだ。お前たち風に言うのならば支那そばか?」

「ふぅむ……聞かぬ名だ」

「そうなのか。ともあれ、私はコレに目が無くてな。どう足掻いてもこちら(・・・)では食えん味なんだ」


 眼前のどんぶりから湯気を立ち昇らせるラーメンをしげしげと眺めながら、亮の表情に怪訝さが宿る。

 しかし、傍らのテミスはさして気にする様子もなく、カウンターの傍らに設えられた箸を一膳手に取ると、豪快に音を立てて麺を啜り上げた。


「ん……んむ……。やはり何度食べても美味い」

「物は試し……か……。確かに香りは良い。戴こう」


 笑顔と共に呟きを漏らし、早速二口めにありつかんとするテミスを横目に、亮はしばらくの間逡巡を見せた後、意を決したかのように綺麗な所作で箸を手に取り、テミスを真似て麺を啜る。


「ッ……!!!」

「ふふっ……美味いだろう?」

「……濃い。何と濃い味付けだ」

「あ~……そうか……。すまない。気に入らなかったか?」

「いや……美味い。ただ、驚いたのだ。これほどまでに味の濃い食事など、私には途方もない贅沢品だ」


 驚きに目を見開いた亮が零した言葉に、テミスは僅かに表情を曇らせた。

 テミスとしては、どうせなら亮が食した事も無いであろう現代の食事を以てもてなそうと考えたのだが、時代の変遷に伴う味覚の差までは考慮に入っていなかった。

 しかし、亮はすぐに微笑みを浮かべて言葉を続けると、目を輝かせながら二口め、三口めと箸を進め始める。

 その姿に安堵したテミスは、嬉しさを隠しきれずににっこりと笑顔を零すと、自身もまた自らの前に置かれたラーメンを啜り始めた。

 そしてしばらくの間。二人が一心不乱に麺を啜る音だけが店内に響き、それを眺めるユヅルは満足気に微笑みを漏らしていた。


「っ……ッ……!! くはぁ……! ご馳走様でした」

「……ご馳走様でした」


 二人がラーメンに舌鼓を打っていたのは、時間にすれば十分にも満たない短いものだっただろう。

 だが、二人はほとんど同時に食べ終わると、空になったどんぶりを前に揃って手を合わせる。


「……この店には幾度か立ち寄ったが、このラーメンとやらを戴いたのは初めてだ。いつも刺身や丼物ばかりでな。贅沢な品ばかり出す店だとは思っていたが……」

「時代を考えればそうだろうな。覚えている限りで構わない。お前は何年の人間だ?」

「妙な事を聞くな……少し待て。…………。昭和十五年。あぁ、忘れるはずも無い。皆が万歳と俺を送り出してくれた日だ」

「やはり……か。私にとってその年号は過去のものだ。お前の居た時代から六十年以上の月日が経っている。このラーメンは、私の時代でよく食べられていたものだ」


 空のどんぶりを前に亮が静かに感想を漏らすと、テミスは静かな声で口火を切った。

 戦中の人間である亮にとって、このラーメンは未来の味だ。彼が如何なる経緯でこの世界に流れ着いたのかは知らないが、これから切り出さんとしている話の為には最適な逸品だと言えるだろう。


「……驚きはせん。こちらに来てから長い時間が経った。そうか。このような贅沢品が良く食べられているという事は、我らが日ノ本は見事勝利を収めたのだな……!!」

「いいや。戦争には負けたよ。夥しい数の死者が出たのだと、歴史の授業で習った」

「ッ……!!!!! な……ん……ッ……」

「だが、平和な世界だった。戦争の惨禍は過去の傷となり、戦火は遠い彼方の出来事になったんだ。そこで私は警察……憲兵の方がわかり易いか? の職についていたのさ」

「クッ……配慮は痛みいるが、テミス。お前が不勉強であることは理解した。警察は内務卿……内務省の旗下。対して憲兵は軍部の旗下、つまりは軍人。別のものだ」

「っ……!! 悪かったな。不勉強で。歴史は苦手だったんだよ」


 沈痛な表情を浮かべていた亮に、テミスは目を細めて言葉を重ねる。

 しかし、突如として亮は口元に拳を当てて笑みを零すと、何処か大人びた口調でテミスの言葉を正した。

 それは当時を生きた人間からの生の指摘であり、テミスとしては自身の知識不足を晒してしまう、返す言葉もない程に痛恨のミスだった。

 故に、誤魔化しの利かなくなったテミスは頬を僅かに赤らめると、明後日の方へと視線を向けてモゴモゴと言い訳を口にする。


「ふふ……そうか……。歴史か……」

「あぁ。良い時代だったんじゃないか? 私にとっては、あまり思い出したくない記憶だがな」

「……何があった?」

「大した事ではない。列車で乗客を切り刻まんと暴れ出した奴を、乗客を守るために撃ち殺したら、逆に私が悪者になっただけさ」

「なんだと……? 馬鹿な……!! 職務を全うした官憲を糾弾するなど……!」

「それだけ平和になったんだよ。人殺しでも命は命。等しく貴く大切なんだとさ」

「…………。そう……か……。私には……到底理解できぬ事だが……」

「クス……少なくとも今のお前の悋気で、少しは私も報われたよ。有難う」


 噛み締めるように呟いた亮に、テミスは皮肉気な笑みを浮かべて静かに告げると、問われるがままに己の過去を語り聞かせた。

 すると、亮は驚きろ怒りを露わにガタリと席を立ちあがったが、肩をすくめて陰りのある笑みを浮かべ続けるテミスの顔を見て、呻くような呟きと共に再び腰を下ろす。

 そんな亮に、テミスは静かな微笑みを浮かべると、穏やかな声で礼を告げたのだった。

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