1732話 傍らに在らずとも
翌朝。
フリーディアの立案した防衛作戦はテミスの手によって書き換えられ、即日行動へと移された。
その作戦はいたって単純極まりないもので。
一兵卒や一部の義勇兵までファントの全戦力を動員した包囲殲滅作戦。所謂俗にローラー作戦と呼ばれるものだった。
ファントの外壁沿いから各所に配置された兵達は、時間と共にテミスの待つ中心広場へ向けて包囲を縮めていく。
その間に、配布された手配書の人物……亮を発見する事が出来れば良し。
仮に一点突破を狙って兵へと襲い掛かったとしても、即座に上空を飛行するサキュド達が追跡を開始し、地上の戦力と連携を取って追い込む手はずだ。
「はぁ……まさかとは思ったけれど、本当にやるなんて……。テミス、貴女らしいというかなんというか……」
「お前の立案した耐久戦術よりはマシだ。防衛戦において、一番忌避すべきは戦いの長期化だろう。ならば、全戦力を用いての総力戦で決着をつける。それが私の結論だ」
「あら、なら今度こそ勝てると期待しても良いのかしら? 何かコソコソと企んでいるみたいだけれど……私たちにも秘密で……ねぇ?」
「……さぁな。こればかりは奴次第だ」
「あら、珍しく自信がな無さそうね。いつもだったら、もっとこう……黙って見ていろ。なんて言って意地悪な顔して笑う癖に」
大剣を自身の身体の前に立て、広場の真ん中で佇むテミスの傍らを歩き回りながら、笑顔を浮かべたフリーディアは、言葉と共にテミスを真似て表情を変える。
しかし、そんなフリーディアの気遣いもテミスの心中に鎮座する緊張を解すには至らず、テミスは前を見据えたまま瞳だけを動かしてフリーディアを睨み付けると、鼻を鳴らして口を開く。
「フン……。そんな事よりもフリーディア。お前はこんな所で何をしているんだ? さっさと配置に付け」
「わかっていますよ。とはいっても私の役目は遊撃部隊の指揮だもの。もしもの時の備えだわ?」
「ならば今この瞬間。そのもしもが起こったらどうするつもりなのだ?」
「その時は……その時ね。私には指揮よりも、今の貴女をそのままにしておく方が良くないと思ったから」
「…………」
刺々しい言葉を放つテミスに対し、フリーディアはふんわりとした微笑みを浮かべて応ずると、するりとテミスの背後へ回り込み、両手で肩を掴んだ。
そんな不可解なフリーディアの動きに、テミスはピクリと眉を跳ねさせこそしたものの抗う事はせず、肩に置かれた手を振り払う事も無かった。
「いったい何を企んでいるのかは知らないけれど……テミス貴女、すっごく緊張してるわよね?」
「……戦いの前だ。当然の心構えだろう」
「そうじゃなくて。今のテミスからは、うぅん……なんて言うか、ずっと前に見た試験を受ける前の騎士達みたいな雰囲気を感じるもの」
「クハッ……!! クク……試験ねぇ……。まぁ、慣れん事をしようとしているという意味でなら、あながち間違いではないか」
テミスの肩に置いた手に、フリーディアはゆっくりと力を入れて揉みながら言葉を重ねる。
すると、唇を真一文字に結んでいたテミスが突如として吹き出し、喉を鳴らして笑いながら肩をすくめてみせた。
「そういう時は、気負わない方が良いわよ? 気負い過ぎると余計な力が入ったり、冷静さを欠いたりして上手くいかないわ」
テミスの纏っていた気迫が僅かに和らぐと、フリーディアはテミスの肩から手を離して数歩下がり、人差し指を得意気にぴんと立てて告げる。
その助言には、フリーディアからの言外の信頼が確かに感じられて。
何も知らせていないにも関わらず、こうして何も聞く事なく背を押してくれるフリーディアに、テミスは小さく柔らかな笑みを零しながら、胸の内で礼を言った。
「さ……ご機嫌も少しは治ったみたいだし、私はそろそろ配置につくわ。一応確認だけれど、作戦終了後は私を含めて全軍この広場で待機……。それで良いのね?」
「あぁ。指示に重ねてはなるが、非戦闘員が近付く事はなるべく避けてくれ。完全封鎖をする必要はないし、これだけの人数全てが広場に集まる事が出来るわけもないが……」
「了解。大丈夫。その辺りも上手くやるわ。基幹部隊を優先して広場に配置しておきますとも」
「……助かる」
そんなテミスを前に、フリーディアは真剣な表情で問いかけた後、コクリと頷いてからヒラリと身軽に身を翻すと、軽い調子で言葉を残して自身が指揮をする部隊が待つ方向へ足早に歩き始める。
徐々に小さくなっていくその背を見つめながら、テミスは大きく深呼吸を一つすると、胸の内を満たした感謝の思いを小さな声で零したのだった。




