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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第27章

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1790/2312

1727話  拝啓。安寧の内より

 マーサが営む宿屋の二階。

 ずらりと並ぶ客室の一室に、テミスの私室はある。

 テミスは懐から取り出した鍵をゆっくりと挿し入れると、鍵を開けて自らの部屋の中へと足を踏み入れた。


「すぅ……はぁ……」


 部屋に入ってすぐ、テミスの鼻腔を満たしたのは、懐かしくもあり心が落ち着く香りだった。

 この香りは、いつもアリーシャが掃除をした後に撒いている香水のもので。

 どうやら、塵一つ落ちていない部屋の中を見るに、テミスが不在の間も、アリーシャやマーサが適時掃除をしてくれていたらしい。


「……ただいま」


 穏やかな心持ちと共に、テミスは万感の思いを言葉に込めて零すと、抱えていた大剣をベッドの傍らの壁へと立て掛けた。

 思えば、こうして帰る事のできる家があるという事は、とても幸せな事なのだろう。

 この世界でこういった『家』を持っている者は、王侯貴族や商人、職人や農民、そして一部の上位冒険者と幅が広い。

 だが、逆を言ってしまえば、代々営んでいる家業を継ぐ事ができる者以外は、根無し草の冒険者になるか、若しくは兵士として戦場へ出るか……はたまた盗賊などの外法の輩に身を落とすほかない訳で。

 その手の伝手や繋がりを持たなかったテミスが、安住の地を得る事ができたのは、これ以上ない程の幸運だったと言えるだろう。


「ふぅ……」


 キィ……と。

 腕を伸ばしたテミスが部屋に設えられていた窓を開けると、涼やかな夜風と共に外のにぎやかな喧噪が部屋の中へと流れ込んでくる。

 今、ファントの町に広がる安寧はより盤石なものになりつつあった。

 魔王軍とロンヴァルディアの戦争を止め、この地は晴れて最前線の町という危険地帯かた脱した。

 加えて、中立を謳う事で双方からの介入を防ぎ、ロンヴァルディア領に近い町であるという最大の地の利を生かし、経済も潤った。

 そして町を護るのは白翼騎士団を加えた黒銀騎団だけではなく、ギルファーにエルトニアといった、公私を用いて集めた同胞たちが居付いている。

 魔王ギルティアがその胸に抱える人魔共存の信念を鑑みても、このファントはもっとも近い位置にある町と言えるだろう。


「……今ならば、一人二人増えても問題無い」


 テミスは自室からファントの町を眺めながら、まるで自分に言い聞かせるかのようにひとりごちる。

 先ほど、帰り道でアリーシャが語った未来。

 それが呆れるほど幸せな夢物語であるとテミスは知っている。

 だがそう考える度に、御国(自身の居場所)へと帰るべく藻掻く亮の姿に、テミスは何故か自分の姿を映し込んでいた。


「帰りたい……などとは断じて思わんが……まぁ……」


 窓枠に寄り掛かって体重を預け、テミスは自信と重ね合わせた亮の姿を思い描くと、クスリと音も無く笑顔を浮かべる。

 元の世界への帰還を渇望する亮とは異なるものの、私とてああ(・・)なってしまっていた可能性が無い訳ではない。

 このファントでマーサさんに拾われる事無く旅を続け、ギルティアと相対し、ロンヴァルディアの人間だけではなく、横暴で傲慢な魔族をも憎み続ける。

 それはこの世界そのものへの反逆にも等しく、ヤツのように擦り切れた服を身に纏い、ボロボロの外套を羽織って旅暮らしでもしていたのだろう。

 奇跡に等しい縁のお陰で、今私はこうして、仲間達と共にここに居る。


「ハッ……やれやれ。絆されたのか? この私が?」


 胸を過る感情に、テミスは嘲笑を浮かべて吐き捨てると、ベッドへ向けて背中から身を投げ出した。

 ぼふりと柔らかな音を立てて身が沈むと共に駆け抜けた衝撃に、胸の傷が痛みを発するが、テミスはそれを無視して独り思考を続ける。

 フリーディア達の報告によれば、奴はまだこの町で多くの人を傷付けこそしたものの、未だ死者は一人として出していない。

 それは、フリーディア達をはじめとする白翼騎士団の連中や、サキュドやマグヌスたち黒銀騎団の面々の奮戦のお陰なのだろう。

 けれど見方を替えれば、亮はまだテミスにとって、取り返しがつかない程の悪人ではないという事になるのではないだろうか。

 あの日、テミスがマーサに拾われたように。亮がこの町を護る者達に、一線を超えるギリギリのところで留められていたのだとするなら。


「……甘いな。妄想にしても質が悪い。上手くいくはずも無い自殺行為だ」


 静かに目を瞑り、再び開いたテミスは、低い声で自らの思考をきっぱりと否定する。

 しかし……。


「祖国を救うために命を懸けて戦った英霊と出会う事など、もう二度とあるまい。機会が巡れば、その時は或いは……」


 僅かな沈黙の後、テミスはベッドの横たえた身体を起こすと、穏やかな声でそう零したのだった。

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