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162話 掃討戦

「やれやれ……奴も律儀だな……」


 眼下で形成されていく陣形を眺めながら、テミスは気怠げに呟いた。

 ドロシーが協定とやらを反故にした今、ライゼルにとってファントを攻める理由は無い筈だ。


「テミスッ。何をそんなに暢気に構えているのっ!? 早く迎撃準備をっ!」

「ああ……まぁ。そうだな」


 頬を紅潮させたフリーディアが詰め寄るが、テミスは変わらずのんびりとした口調でそう答えた。見たところ、敵の残存兵数は一個師団ほど。ドロシーが潰走した事によって、その全てが人間で構成されているのだから最早大した脅威ではない。


「サキュド」

「はぁい」


 テミスがつまらなさそうに名を呼ぶと、サキュドも状況を理解しているのか、間延びした返事が返ってくる。


「遠慮は要らん。攻めてくる以上敵に変わりは無い。骨も残さず滅ぼしつくせ」

「もちろんですわ」


 容赦のないテミスの命令に、サキュドは頬を歪めると紅い槍を出現させて防壁の縁に跳び上がる。そしてその槍で軽く空を薙ぐと、その軌跡に血のように赤い魔法陣が並び出た。


「今ここに、地獄を再現させてみせましょう」

「……シャーロット。彼女に合わせるんだ」

「承知しております」


 ふと聞こえた声に振り返ると、そこには黄金色に輝く弓矢を構えたシャーロットが、主の命にコクリと頷いた所だった。


「雑兵はサキュド達に任せておけばいい。我々は、奴を相手にしなくてはな」

「っ……!」


 半眼でテミスが人間達を顎でしゃくると、陣形を整え終わった彼等の頭上に、無数のカードをその背に乱舞させるライゼルが飛び上がってくる。


「マズいわね……空を飛ばれててはルギウスさんはともかく、私やテミスはかなり不利よ……」

「フム……」


 いや、そうでもないのだがな……。

 唇を噛んだフリーディアの言葉に、テミスは心の中で返答をした。事実として、テミス自身が飛行する手段ならいくつかは思い当たる。ただそれを行使した場合、私の能力が彼等に露見してしまう事になる。同時に、魔術に詳しいシャーロットの前では飛行魔術だと偽る事も難しいだろう。


「んっ……?」

「アハハッ! 一気に消し飛んじゃえ!」

「っ! 射貫きますッ!」


 妙案のようなものがテミスの脳裏を過りかけた時。サキュドが狂笑と共に眼下の兵達に向けて魔法を放った。魔法陣と同じく、紅い弾丸として射出された血は着弾と共に燃え上がる炎へと変わる。サキュドの得意魔術の一つだ。同時に、シャーロットの放った光の矢は無数に分かれ、雨のように彼等の頭上に降り注いだ。


「……まぁ、いいか」

「っ……!」


 その光景を眺めながらテミスは思考を停止した。

 突撃陣形を組んでいた兵士たちは悲鳴を上げ、ライゼルが辛うじて防いでいる一団を除けば、ただ襲い来る死から逃げ惑うだけの群衆へとなり果てていた。


「おっと。流石に気を抜きすぎたか」


 ガチン。と。軽い音を立てて、一本の矢がテミスの甲冑に弾かれて落ちる。ライゼルが守っている一団の中から放ったのだろうが、この嵐のような攻撃の中で私を射抜く事ができるとは大した腕前だ。


「さて……そろそろ私も参加するかな……」


 そう呟くと、テミスはサキュドの隣に跳び上がって剣を抜き、肩に担いで身を落とす。防戦一方にはなっているが、ライゼルの守る一団はじりじりと距離を詰めてきている。これ以上近付かれると、町自体に被害を出しかねん。


「テミ――」

「私に構わず撃ち続けろッッ!!」


 刹那。フリーディアが制止の声を上げかけるが、それよりも早く叫びをあげたテミスはライゼルの守る一団に向けて飛び降りた。ライゼルが防御に回らなければならない以上、私一人でも連中を潰すのは容易い事だ。


「ハァッ!!」

「っ!! こんな中を突っ込んで来るなんてッ……!」


 ドゴォッ! と。飛び降りると同時に振り下ろした大剣が、大きく地面を抉り取った。それを見たライゼルが守る一団の中の一人が悲鳴を上げる。


「んっ……その弓……さっきのはお前か」


 声の方を見て見れば、大振りの弓を携えた女兵士が素早く矢を番えたところだった。


「良い腕だ。腐った人間共の元に置いておくのも、ここで殺してしまうのも惜しい。どうだ? 私と共に来る気は無いか?」

「ふざけるなっ!」

「っと……残念だ」


 不敵な笑みと共にテミスが声をかけると、返答の代わりに正確にテミスの額を狙った矢が放たれる。しかし、テミスはまるでそれを予測していたかのようにひらりと首を動かして躱すと、事も無げに大剣を薙いだ。


「あっ……!」


 刹那。パチンという空しい音が響き、テミスの大剣は女兵士の弓を切り裂き、その後ろにあった軽鎧をも断ち切ってその肉体を浅く傷つける。別に、嬲り殺す趣味など無いが、腕のいい人材を連れ帰っても面白いかもしれない。


「さて……掃除といくか」

「――そう簡単には、いきませんよ?」

「なっ……!」


 次々に剣を振りかぶる兵士たちにテミスが目を向けて呟くと、あろう事か、その集団の中からライゼルの声が響いてきた。


「馬鹿なっ! 奴は今ッ――!!」


 反射的にテミスが頭上を確認すると、そこでは相も変わらずライゼルがサキュド達の攻撃を必死で捌いていた。


「はい。隙アリ」

「チィッ……!?」


 その瞬間を狙い、光り輝くカードを持ったライゼルが兵士たちの間から飛び出してテミスへと斬り付ける。テミスは咄嗟に後ろへ跳んで躱したが、微かに避け損ねた一閃が浅く頬を裂いた。


「残念……首を狙ったんですがね」

「一体……どういうトリックだ?」


 やれやれと言わんばかりに首を振るライゼルに、剣を構え直したテミスは厳しい表情で問いかけたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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