1717話 賑やかな帰路
フリーディアやマグヌスがファントの町の窮状に四苦八苦している頃。
魔王ギルティアの依頼を果たしたテミス達は、ファントへ向けてヴァルミンツヘイムを出立していた。
テミスがファントへの帰りを渇望している事はギルティアたちも知る所であったらしく、ゲルベットの町で催されたような盛大な宴や、長々とした謝辞を連ねる事は無く、一言二言改めて礼を告げ合った後、報酬は後日ファントヘ届けられる算段となった。
その際、融和宣言を形骸化させない為という名目がぶら下がってはいたものの、リョースや他の軍団長を連れて時折ファントを訪れる事を添えられた。
「……ま、フリーディアの奴には黙っておくか。面倒だしな」
「あはは……テミスさんがそう判断されるのでしたら、私としては何も言えませんが……」
「クク……苦労人だねぇ、そのフリーディアってお人もさ。少し可哀想に思えてきましたよ」
「私だったら……たぶん、急に魔王様が自分の町にお出でになったら、びっくりして倒れちゃいます……」
「エルリアはそうだろうねぇ……。なにせ、あの部屋から出てきた魔王様を見ただけで悲鳴をあげて気絶しかけていたんだからさ」
「確かにあれは傑作だったな。あのギルティアが呆気にとられた表情をしていたんだ。ある意味では大殊勲だぞ?」
「あうあうあう……っ! そ、その節は大変な失礼を……!!」
双月商会の用意した馬車は、ガラガラと気ままな音を奏でながら街道を疾駆しており、御者台で馬を繰るシズクが苦笑いを浮かべる傍らで、テミスたちは楽し気に会話に花を咲かせた。
ともあれ。諸々の厄介事から解放されたというのも事実で。
加えて決して失う事を許されない荷物も無ければ、特段この帰路に限っては急ぐ旅でもない。
そんな気軽さも相まって、テミスは知らずの内に、上機嫌に鼻歌を奏でていた。
「んん? そいつは歌ですか? こっちの方では、あまり聞いたことのない旋律ですね」
「ン……あぁ。そんな所さ。すまない。なにぶん、こうまで気を抜くことの出来る時間は久方振りでな」
「素敵です! なんて言う名前の歌なんですか?」
「歌の名前……あぁ……そうだな……えぇと……何と言ったか……」
ただの鼻歌に、予想外の反応を見せたエルリアとアドレスの勢いに、テミスは若干の気後れを感じながらも、内心では自身の迂闊さに歯噛みしていた。
こちらの世界に来てからというものの、戦いばかりで音楽や歌などという娯楽とは縁遠かった。
せいぜい耳にする事があったのは、マーサの酒場で働いている時に聞く、調子っぱずれな酔っ払いの歌声くらいで。
だからこそ、つい口ずさんでしまっていたのは以前の世界で好んで聞いていた曲のメロディーなのだが。
当然ながら、本来ならばこの世界に存在しないはずの曲の名前など、素直に告げる事ができる筈もなかった。
故に、テミスは歌の名前を思い出そうとしている体を装って喉を鳴らしながら、必死で如何にして言い逃れるかに思考を費やしていた。
「あぁ……! そう無理に考えていただく必要は……! ただ、素敵だなって思っただけで……! そうだ! その歌、私にも教えていただけませんか? 一緒に歌いたいです!」
「え゛ッ……!!」
「そりゃあいい! こんなに胸が躍るみたいな良い歌なんだ! 酒宴の席で歌えば大人気間違いなしだぜ!」
「ッ……!! その話、私も混ぜて下さい!! 皆で! ここに居るみんなで歌いましょうッ!!」
しかし、テミスがあれこれと逃げ道を探している間にも、話題は留まるところを知らずに加速していき、終いには次の宴席が催された暁には、テミスとシズクも含めたこの場の四人でこの歌を披露する……などと言う話になっていた。
「っ~~~!!! 待て待て待て!! 盛り上がっているところすまないが私もうろ覚えなんだ! 到底教えられるとは思えん!」
「おろ……? そうなのですか? それにしては、綺麗に音を紡がれていたように思いますが……」
「ですです! もしも思い出せないようでしたら、私もお手伝いしますよ! えぇと……こんな感じでした?」
慌ててテミスが割って入り、話を制止するも時は既に遅く、今度はテミスの鼻歌を真似たエルリアが、たどたどしく喉を鳴らして音階を紡ぎ始める。
しかも、そのクォリティは一度聞いただけとは思えないほど出来が良く、傍らで聞かされたテミスの脳裏には釣られて歌詞が浮かび出てくる程だった。
「っ……!! お……おぉ……! 上手いじゃないか!! そうだな、私も思い出しておくとしよう。しっかりと思い出す事ができるかはわからんが……」
「でしたら次は、ギルファーの歌なんてどうですか? かつては戦士たちが戦の前に歌って士気を鼓舞したものらしいのです!」
「おっ……! アレか! それならエルリアも知っているぞ! ほら、前に一緒に歌ったやつだ!」
そんなエルリアの歌に、焦りながらもテミスが言葉を返すと、今度はシズクが馬を繰りながら歌を歌い始めた。
そのどこか猛々しい旋律には、すぐに二つの歌声が重なり、美しい三重唱となって響き渡ったのだった。




